1月15日 「スキー賛歌」

 

四十の手習いでスキーを始めてから10年が過ぎた。

「よく、40歳からスキーを始められたねー」と感心されることがある。

スキーは最初の印象でその後も続けたいと思うか、二度とごめんだと思うか極端に分かれるらしい。

もちろん、最初からやらない・・・という中高年は多いことは間違いない。


まして、若いときから親しんでいたスポーツなわけではないのに、びっくりされても仕方ない。

今はショートスキーとかカービングスキーとかの板自体もバリエーションがあって、初心者でもわりとすぐに曲がったり止まったりができるようになっているが、初めて買った板は、友人のアドバイスで身長より10cm長い170センチのものにした。

まずリフトの乗り降りで冷や汗をかき、最初の滑り出しの坂が直角くらいの角度に見えてなかなか降りれずに決心するまで汗をかき、ボーゲンで滑るというよりいつでも止まれる程度のスピードで降りたものだ。

最初のブーツはたった10年前なのに、バックルが固くて、そうでなくても寒さで指が痛いのに、締めるだけでも指がちぎれそうになり、ブーツの装着の度にかなりの苦痛を伴った。

もっと前は、まるで自分がロボットになったような固くて重くて不自由なものが足に取り付いているような感覚だったらしい。

そんな環境で四十の手習いがスタートしたわけだ。

最初のきっかけは友だちに作ってもらったが、それ以降からは苦痛と快感がアトランダムに顔を出す趣味の世界に突入する。

行くも行かないも自分たちの選択だ。。

もちろん苦痛のほうが圧倒的に多く、徐々に快感のパーセンテージが増えてきて、今はもう快感の隙間に苦痛が覗く程度だ。

2度目からは雪原に二人でほっぽりだされた感じで、スキー専用ゲレンデの県民の森がたちまちの修行の場となる。

長い板を持て余しながら、ロープを頼りに(何度も転びながら)ロープ塔で緩い斜面を経験する。

まずはボーゲンで、人を避けながら降りる練習だ。

そして、自分の意志で止まれるようになる練習。

それさえ出来ればあとはスピードに慣れるだけだ。(と友人は言う)

その頃たまたまNHKでやっていた「中高年のためのスキー教室」をビデオ録画し研究したり、アドバイス(もしくは欠点探し)のしあいっこをしながら徐々に足が揃うようになり、ストックでタイミングがとれるようになり、何年かたった後にはまぁまぁ形になるようになると、格好を気にしないのならひととおりのコースからは降りられるようになる。

スキーの魅力はいろいろある。

まず、回数をこなせばそれなりに上達するという達成感が味わえる。

自分の意志で止まることが出来ると恐怖感が減りスピードが出せるようになる。

スピードが出るようになると、恐怖感がやがて爽快感に変わる。

風は決していつも心地よいものではないが、自然との一体感はどんな状況においてもそれなりに楽しめる。

最初の感動は、リフトで上がるときに降る雪がウエアに結晶となって落ちたときだった。

ひとつひとつが違う形の雪がまるでダイヤモンドのように見えた。

そして、なんと言ってもスキー場から見える自然の美しさだ。

晴れているときは、青と白のコントラストが、吹雪になれば水墨画のような幻想的な風景が、木々や建物に施こされた雪化粧が、そこから見えるすべての遠景が時にはため息の出るほど美しいと感じたりする。

北海道・信州・広島芸北・県北、今まで行ったどこのスキー場もそれぞれの個性溢れた風景の中でたくさんの懐かしい思い出を作ってくれた。

そして、今年も雪不足が懸念されたスタートだったが1月8日に芸北地方で初滑りを楽しみ、スキーシーズンが幕をあけた。

冬の楽しみがあるということは、凍えそうな寒さでさえ幸せを運んできてくれるありがたい存在となる。

今年は新しいミドルサイズの板も購入してますます楽しいスキーライフになりそうだ。

雪山が早くおいでと呼んでいるから、とにかくいけるとこまで行きまっせ!