今年のbP本決定!

「掏摸(スリ).」  中村文則

「僕はこの主人公にもまた特別な思い入れがある。スリという反社会的な存在に好意を感じるのは、僕の性質なのでご容赦願いたい。しかしながら、元々そういう性質でなければ、僕は小説を書いていない。押し付けられるような明るさはいらない。全てに満たされているのなら小説は必要ない。この小説のテーマ性は、とても僕らしいと思った。」

高揚と、脱力と、震えと、本を読み終わって様々な感情が渦巻く。
そして、上記(抜粋)のあとがきを読んだ後に、深い充実感で体中が覆われるような気がした。
大袈裟ではなくて、彼の八冊の単行本の中で、掏摸(スリ)が、私も一番好きだったし、こういう本が好きだと思う自分が愛おしくもあり、同時に怖くもあった。
彼が言っているように、読み手にとってもまた、「全てに満たされているのなら小説は必要ない」のだろう。
しかも、何十年か前の私だったら、こういうタイプの小説に対して、私は、嫌悪感に近い感情を抱いていたかもしれない。
たぶん、「悪」と世間一般に認識されているものが、この小説の中では善人として描かれている気がするからだろう。
それが、弱者として映る点なのか、もっと巨大な悪の存在がそうさせているのか、犯罪そのものだけを「悪」と認識し、罪を憎んで人を憎まずの精神のせいなのか。
そういう曖昧さがどうしても釈然としなかった子どもの頃の私、もっと大人になってからでもそうだったと思うが、いつの間にかそうではない私が今ここにいる。
そういう確認が出来る「本」に出会えるということが、好きな作家を追っている一番の理由かもしれない。

「掏摸」は、今までの中村氏の深く暗い純文学の中での彼のスタンスを明確にする作品とは一線を引いている。
芸術的でさえあるスリの主人公、彼の元恋人、関わりあう少年とその母親、彼が友情に似た感情を抱くスリ仲間、そして巨大な権力を持つ悪の象徴のような男。
登場人物の個性が誰をとってもず抜けている。
主人公の生い立ちや人格が、彼の語りよりも彼が関わる人たちを通してだんだんと明らかになっていく。
その過程に、不謹慎にもわくわくしてしまう。

「物語性を意識して、読んでいて面白いもの、かつ純文学の味わいがあるもの。どちらかじゃなくて、両方ある、それを今回やってみたんです。長編小説での今後の僕の方向性が見えたのかなと思います」

中村氏は、新聞のインタビューで、こう話している。

この小説は、明らかにその思いが完成品となって読者に届けられている。
私が最近、力の漲る美しい言葉や、健やかで愛情深い登場人物が紡ぐ物語よりも、運命に翻弄され、社会においては日陰の道を好んで歩く人が主人公の小説に惹かれてしまうのは、強いものに対しての憧れよりも、弱者に対してのある種の親しみを感じる。
自分の弱さを肯定するのではなく、弱さの裏にあるものがなんであるかをいつも見たいと思うから。
正義がなんなのか、明確にしようと思わなくなった今、改めて、私の読書はそういう方向に進んでいくに違いない。