林檎の季節に


毎年この季節になると、長野の知人から甘い蜜がいっぱい詰まったフジ林檎が送られてくる。 ワックスでてかてかになっている林檎はあまり見かけないが、やっぱり丸かじりする勇気はないので、農薬除去剤にしばらくつける。 白濁したものが浮いてきたらさっと洗い流して、薄く皮を剥いて食べる。 今年の林檎は格別に甘かった。 その林檎が届く一月ほど前に、偶然ついていた朝の情報番組で見た、林檎農家の木村さんの笑顔に釘付けになる。 木村さんは、世界でも例のない「無農薬・無肥料」での林檎栽培を成功させた人で、その林檎は、切って置いていても色が変わらず腐らない。 食べた人は、「美味しいです! 懐かしい林檎の味がする!」と笑顔で感想を言っていた。 そんな木村さんに偶然にも会えることになった。 同じテレビを見ていた友だちが、図書館で木村さんの本を借り、その感動を別の友だちに話したところ、「その人12月に神辺に講演に来るんよ」と。 申し込み期限ぎりぎりで間に合い、木村さんを知って1ヶ月弱で、講演を聴けるという、文字通り奇跡のようにトントン拍子で進んだ。 12月5日、神辺文化会館で、6時から木村さん出演の「NHK・プロフェッショナル」のDVD鑑賞から始まった。 「すべては宇宙の采配」という本を読んでいたので、大体の流れは知っていたけど、天下のNHKのメジャー番組でも臆することなくマイペースで語る木村さんにますます好印象を持った。 木村さんにとってプロフェッショナルとは、 「技術と心が伴った人」だそうだ。 その、心という言葉に強く惹かれた。 壇上に、この企画が実現できた苦労話の最中に、突然ちょこちょこと木村さんが登場する。 そのタイミングの悪さに、笑いがどっと起る。 それさえも、計算されていたかのように、会場中が既に木村ワールドになった。 改めて紹介された木村さんは、白髪の小さなおじさんで、この人が今日本中で最も有名な農業従事者なのが、不思議なくらいだった。 「私は、歯もないし、津軽弁なので、何言ってるんだかわからなかったらごめんなさい」 そう始まった木村さんの講演は、その容姿からは想像できないほど力強い声で、農業についての熱い思いを80分間語られた。 「作物は、育てない、手助けをするだけ」という信念をもとに、出来るだけ自然に近い環境を作る努力を惜しまず、失敗を重ねながらも、その都度工夫し、今の農法を確立させた。 今はこうして全国へ、世界へ、自信を持って自分の農法を発信している。 今まで、いち消費者として、無農薬には気をつけていたが、こんなにも農業の話が面白いものとは思わなかった。 土を柔らかく耕すこと。 そうすると土の深さによって生じる温度差がなく、作物にとっていい環境になる。 有機肥料の堆肥は、3年から5年くらい完熟したものでなければかえって出来た作物が早く腐ってしまう。 作物の間に大豆・麦を植えると、その根が肥料の役目をしてくれて、土地が肥える。 害虫のためには、消毒は必要なので、土が固くならないように車は使用せずに手で、手造りの消毒液(米・トウモロコシを発酵させて作った酢)を数回散布する。 そんなとっておきの話を自分の畑と自分が見てきた他の畑の比較をしながら、解り易く説明してくれた。 それは、決して自分の畑の自慢ではなく、淡々と数字で表れる事実を正確に話す先生のよ うでもあり、心から自分の農法を広めたい、そして安全な植物を消費者に届けたいという、熱い思いが伝わってきた。 木村さん自身がここに至るまで、死を決意するくらい苦しんだ体験があるので、同じ思いをしている人に対しての眼差しが優しい。 それをその純朴な言葉や、声のトーンや、笑顔で伝えてくれる。 実は、不思議体験の話にも興味があって、少しでもその話が出ないかと期待もしていたが、そういう話は一切なかった。 それでも、大満足の講演の内容で、明日からでもすぐに農業をやりたい! くらいの勢いで帰宅した。 木村さんは、この1年でマスコミにもたくさんとりあげられ、本人の意思とは別の忙しさに疲れている様子だった。 それでも、惜しげもなく自分のノウハウを知りたい人には全て伝えたいと望んでいる。 なにげなく美味しく毎年食べていた林檎の話が、壮大な日本の未来の農業の道しるべになるような話へと繋がっている。 私も、いつかそんな奇跡の林檎を作ってみたいな。 心からそう思えた木村さんとの出会いだった。