年末餅つき大会

毎年恒例我が家の餅つきでは、数々の印象的なエピソードが生まれている。 去年は、友だちに頼んだもち米が、何と白米で、それに気がつかずに前日、いつものように「しばれるよぉー」と泣き言を言いながら4バケツ(約8升)を洗い、一晩漬けておいた。 最初の2升を蒸し終えて、黒豆を足し、餅つき機の搗くボタンを押し、差し水をしながら杓文字でぺったんぺったんしていたが、なかなか搗きあがらず、ブザーの故障か、黒豆が多すぎたのかと頭を捻る。 いつもの仕上がり時間はとっくに過ぎているのに、粒々がまだたくさん残っている。 黒豆も砕けて、粒々と一緒になったそれはまるできりたんぽの塊だ。 「もしかして、これ、白米?」 もち米を持ってきてくれたはずの友だちが思いがけないことを言いだす。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 毎年していることなのに、私は8升もの白米をもち米と信じて、手を真赤にしながらひたすら洗っていたのだ。 2升分の膨大などうしようもない塊は、三分の一くらいに餡子を入れて、アンコロきりたんぽという新種の和菓子になり(そんなに美味しいものでもなく)、残りはとりあえず丸い黒豆入りのきりたんぽとして冷凍保存することにした。 この冬は、鍋には必ずこの奇妙なきりたんぽが入ることになり、その度にこの失敗を思い出した。 結局、電話して友だちのお米屋さんにクレームを言い、すぐに取りに行き、餅つきは翌日に再度行うことになった。 黒豆も餡子もまた買いに走り、当然、もう一度手を真赤にしてもち米を洗った。 お米屋さんのせいにするのは簡単なことだけど、どこかで早く気がつけばもっと簡単な笑い話で済んだはず。 私が、思い込みという落とし穴にすっぽりはまったに過ぎない。
4年くらい前には、2回目の餅つきの途中で餅つき機が動かなくなり、少しずつすり鉢にとって、すりこぎで叩いて搗くことになった。 これが、まぁまぁの出来だったので、最後の2升も辛抱して手動で搗くことにしたのだが、最初からするとなると、これがかなりの重労働で、叩くのに快感を覚えるような相手も浮かばず、「機械に頼るということはこういうことなんだ・・・」と、普段はその便利さを誉めちぎっていた餅つき機を恨んだ。 餅つき大会において、私の役割は、総責任者であり、出来たての餅を千切っては並べる重要な役割を担っている。 母は優秀な助手役をしてくれる。 片栗粉を出したり、1回目の餅を搗き終えるとすぐ次のもち米を蒸らす段取りにかかったり、忙しく動き回る。 友だちは、私が千切った餅をくるくると手で器用に丸めて形を整える。 準備を終えた母と、千切り終えた私も加わり、あっという間に2升の丸餅が完成する。 その丸餅はすぐに3つずつラップに包まれ、30個のパック詰めにする。 それぞれ、親戚に送ったり届けたりするのだ。 餡子餅は、少しずつ楽しみに待ってくれている友だちに配る。 今年の餅つきも、23日に無事終えた。 細かく言えば、蒸しあがっていざ搗く時になったら、妙な音がして、動きが変になった。 さすがに、失敗を重ねているだけあって(普通ははじめから気が付くけど)すぐに、「あ、これって古い餅つき機だ・・・」と、また天袋からもう1台の餅つき機を引っ張り出す。 「これで、古いのもちゃんと蒸し器として使えることがわかったね」などと、脳天気なことを言いながら作業を続行した。 途中には、搗きたての餡子餅をこんがり焼いて食べる至福の瞬間もある。 全ての行程を終えると(今日は5回)、送るものをダンボールに詰める。 蜜柑や、たこ飯の素、お年玉、手紙を入れて完成。 このときばかりは、私は田舎の母になったような気持ちになる。 箱を開けた時の嬉しそうな顔(たぶんそうに違いない!)を想像しながら、母になる。