ポン・ジュノに夢中

「映画のことしか頭にないんかいっ!」と時々突っ込みを入れられるほど、最近は映画を観ている時、映画を語っている時は、すこぶるご機嫌らしい。
そして、映画情報の関してのみ、海馬が活発に働く。
珍しく続いているメモ的な日記帳もほとんどが観た映画の記録ばかりだ。
今年から、映画館・DVD・TVと分けて観た映画を書き留めているのだけど、DVDだけでもすでに25本、TVも含めると、ほぼ1日1本のペースで観ている。
これから冬季オリンピック期間に突入するので、ペースは落ちるだろうけど、今も観たい封切映画がたくさんある。
しかし、幸いなことに観れないジレンマよりも、いつ観れるかというワクワク感のほうが強い。

その中でも、特に夢中なのが韓国の監督、ポン・ジョノの作品だ。
ポン・ジョノのついて簡単に紹介すると

1969年9月14日生まれ 韓国出身
1995年にインディペンデントの短編映画『White Man』を監督し、シニョン青少年映画祭で奨励賞を受賞。
韓国映画アカデミー第11期出身で、卒業制作の社会批判を描いたブラックコメディ『支離滅裂』は、独特のユーモアのセンスが話題を呼び、バンクーバー映画祭、香港映画祭に招待されその作品性が話題となる。
2000年『ほえる犬は噛まない』で、長編監督デビュー。
2003年には、実際に起こった連続殺人事件を基にした作品『殺人の追憶』を監督し、韓国で500万人を動員する大ヒットを記録する。
2006年の『グエムル−漢江の怪物』でも1230万人人の大ヒットとなった。
2009年には、『母なる証明』で、世界中から高い評価を得た。
商業的な成功と高い芸術性の両方を成し遂げた監督として、その実力に世界が注目する若手監督である。

ポン・ジュノを知ったのは、恥ずかしながら一番新しい作品の「母なる証明」からだ。
封切以前から、愛読しているHPのほとんど全てがこの「母なる証明」を大絶賛していた。
同じく大絶賛されていた韓国クライムムービーの「チェイサー」がいち早くDVD化されていて観たところ、これが私の中でも大当たりで、「韓国映画って凄い!」と強くインプットされたこともある。
チェイサーのことを語られる際に常に「ポン・ジュノの殺人の追憶を超える!」 とか「殺人の追憶にも匹敵する!」と、引き合いに出されていくうちに、まだ一作も観ていない「ポン・ジュノ」がすでに脳内で伝説化していった。
そして、去年の暮れに待ちに待った「母なる証明」を観た。
愕然とした。

初めてのものを観たときに感じる驚きと衝撃と、「これはなんだか大変だ」と漠然と思うような奇妙な感覚。
私の中では近くて遠い国だった韓国が一気に近い存在となり、どちらかといえば、アメリカの真似をしていた日本の真似をしている韓国というイメージが一気に払拭して、尊敬にも憧れにも似た眼差しに変わっていった。
今や、キムチでもカルビでもなく、私の中では韓国イコール、ポン・ジュノになり、韓国株は一気に急上昇した。
それから、見逃していた彼の全作品を順不同ながら観ていくと、日本ではタブーとされているようなテーマをブラックコメディ的な風刺で仕上げていて、作品の起承転結も見事だし、一つの路線に留まらず、作品ごとに進化して常に違った世界観が広がっているように思えた。

「母なる証明」を観た西川美和監督(今、日本で一番好きな監督)は、思わず「嫉妬する」と言ったが、彼女とポン・ジュノ監督は多くの共通点がある。
生まれた年も、ポン・ジュノ1969年、西川美和1974年と5歳違い。
長編デビューもポン・ジュノ2000年(ほえる犬は噛まない)、西川美和2002年(蛇イチゴ)。
二人とも3年に1本のペースでオリジナル脚本の傑作を生み出している。
その間に、短編も何作か作っている点も同じで、2008年のポン・ジュノのオムニバス作品「TOKYO」の中で、引き籠りをテーマにしている作品「シェイキング東京」も、クオリティの高い作品だ。
今後も二人は、多くの人に期待され続けるだろうし、それに応えてくれるに違いない。

韓流ドラマばかりがスポットを浴びている現実が寂しい私は、どうでもいいことなのだけど、「いつまでも夢の中へいないで早く現実をしっかりと見つめて、その中で愛なんかを語ろうよ!」と、多くの同世代のおばさんに向けて声高に叫んでみたい。
「ここに、こんなに凄い人がいるんだよ!」って。