大人と子ども−バンクーバーオリンピック観戦記−2

2月12日、カナダ・バンクーバーで第21回オリンピック冬季競技大会が、冬季史上初となる屋内の開会式で華やかに幕を開け、17日間の熱戦が繰り広げられた。
開会式翌日は、期待のフリースタイル女子モーグル。
長野五輪から4度目の出場となる上村愛子の滑走をまるで身内のように固唾をのんで見守る。
最終滑走の結果待ちで、銅メダル獲得が決まる。
「とにかくメダルが欲しかった。初めてそう願いながら人の滑走を観た」
最終滑走選手の失敗を願ったのだろう。
たくさんの人が同じように、そう願った。
結果、彼女は4位だった。
「どうして、1段1段なんだろう」
そう真っ赤な目に涙をため、話しながらぽろぽろと零れ、それでも精一杯笑顔でいようとする彼女を観て、もらい泣きをした。
そして、彼女の中に凛とした気配りのある大人の女性を感じた。
氷上のチェスと言われるカーリングでは、前半戦は司令塔であるスキップ目黒のナイスショットが続き、他のメンバーとの息も合って、3勝3敗と決勝リーグ進出へ向けて熱戦が続いた。
最後の一投で勝負を決する試合に、解説の小林さんと一緒になって一喜一憂した。
ランキングは格下のドイツに負けてからは、全ての歯車がかみ合わなくなってしまい、最終結果は3勝6敗で8位に終わった。
各国のスキップはベテラン選手が多く、国際試合の経験がギリギリの精神を支える力となる。
スポーツの中でも年齢制限のない、むしろ経験豊富なベテランの技が勝敗を決する稀有な競技だろう。
日本は、まだ若い。
若いからこそ、これから先の楽しみが多い。
未熟さを悔やんで、応援に応えられなかった不甲斐なさを嘆いて、泣きはらしたその眼差しはまっすぐに前を見ていた。
日本選手最年少で出場した15歳の中学生、女子スピードスケートの高木は、本来の自分の力を出し切れずに最下位に終わったほろ苦い五輪デビューだった。
しかし、彼女は動じない。
周りの期待とか、マスコミの過剰報道とか、どこ吹く風のように、天真爛漫に五輪を楽しんでいたように見えた。
彼女にとって、この経験は計り知れないだろう。
子どもは、一つの出来事によって劇的に変化することがある。
飄々とした彼女の表情やインタビューの受け答え、それだけでも大器の片鱗を感じさせた。
もう、三足の草鞋は履かないだろう、そんな気がした。
男子スピードスケートでは、長島の銀、加藤の銅と久しぶりにメダルを獲得、女子も多くの入賞者があった。
女子のパシュートでは、百分の2秒差で惜しくも銀メダル。
有終の美を飾った。
もちろん日本選手だけではなく、世界中のアスリートがたくさんの感動を届けてくれた。
この五輪の最大の注目は、トリプルアクセルの成功と金メダルの期待がかかった女子フィギュアの浅田真央。
最大のライバルは、オリンピックシーズンを絶好調で迎えた韓国の至宝、キム・ヨナ。
史上初でSPでのトリプルアクセルを成功させた浅田が、完璧に得意のボンドガールを演じたキム・ヨナに僅差でつける。
フリー演技の前に行われた記者会見でキム・ヨナは、
「誰が勝つかという運命はもう決まっている。私はどういう結果になってもそれを受け入れる準備ができている」
一方浅田は、
「金メダルが欲しいです」
と、素直に答えた。
対照的な会見だった。
二人は同じ19歳、誕生日も近く、家族構成も同じ、キムは浅田を「もう一人のわたし」と言うほど、その環境は似ている。
しかし、内面は、キムのほうが大人だろう。
籤運もキムにほほ笑んだ。
完璧な演技をしたキムの後、浅田はトリプルアクセルを成功させたものの、後半でジャンプミスが続き、放心状態で演技を終えた。

「4年間は、長くてあっという間でした」
人目をはばからず、しゃくりあげて泣く浅田。
悔し涙はしばらく止まることはなかった。
確かに、浅田はまだ子どもだろう。
でも、その自分の気持ちを隠せない感性こそが、みんなに愛される真央ちゃんなのだろう。
私も、一緒に泣いた。
何度同じシーンを見ては泣いた。
涙が乾くと、彼女はすぐに前を見た。
また、つらく厳しい4年間という長い道があるのに、きっぱり宣言した。
「ソチでは、パーフェクトな演技をして金メダルをめざします!」
彼女も変わる日が来るかもしれない。
「大人になったね」と言われる日が、そう遠くないのかもしれない。
でも、浅田にはこのままでいてほしい、そう思ってしまう。
いつか自分の目指すパーフェクトな演技をした時、その細い首にはずっと夢だった金メダルが似合うだろう。