夜と朝の間の音

季節外れの雪が降った朝は、都会でなくてもとりあえず慌てる。
いつから降り出したのか、音のしない雪は、
戸を開けて飛び込んできたその真っ白な世界にしばしぽかんとして、
「うゎ、雪!」 と独り言を零してから、まだ知らないであろう家族に勇んで報告、
「ねぇ、雪!!」

かなり大きなぼたん雪と霙が交互に一日中降ったその夜は、不思議な音でなかなか寝付けなかった。 ドタン! バシャ! 音の方向も、音の強さも質も微妙に違う。
「ああ、これは屋根から屋根へ落ちたな」
「玄関付近で石の上に落ちた!」
「裏の波板の上だー」
これは、びっくりするほど大きい音。
少し遠くに聞こえるのは、隣の屋根から庭に落ちる音。
グチャ!
そんな音がひっきりなしに聞こえるもので、初めて雪の落ちる音で寝不足になった。
降っている時は泥棒みたいにひっそりなのに、降りやんでからその存在を十分にアピールするなんて。
雪国の人の日常音がこういうものなのだろう、と改めて聞きなれない音の不思議世界を思う。
家は、住宅街の上のほうにあるし、裏はコンクリートの流してある壁、その上は公園なので、夜は静かだ。
全く音のない何時間が過ぎることもある。 家人の鼾と冷蔵庫の音くらいで、それさえない静寂の時もある。
昔は鳩時計の音で、眠れない時はどうしても何回鳴いたか数えてしまい、
「羊じゃないと眠れない・・・」
と思ったりした。
寝る体制が整い、全ての電気を消して静かになると、とたんに上からガサガサ、ドンドン、パラパラと不思議な音がしたことがあった。 ネズミが「しめしめ寝たな」と活動を開始したらしい。
ちなみに、パラパラはどうも走ると当たる自分の糞を踏む音のようで、ぞっとする。

5時になると新聞配達のバイクの音が聞こえる。
この音は、私が一番爆睡している時間らしく、めったに聞いたことがない。 聞こえた時はしみじみ「新聞配達さんご苦労様」と手を合わせたくなる。
寝坊の私にとって、毎日3時ごろから起きて働いている人は無条件に尊敬できる人だ。 週に一度の牛乳配達は、その前らしく、自転車で静かに音をたてないようにしてくれているのか、これは一度も聞いたことがない。 この人は気配りの出来る人なのだろう、と思う。

そろそろ鶯の「ホーホケキョ」で目が覚める一番いい朝が迎えられる。 音は、自分が静かにして、意識している時だけ、妙に気になる。 でも、いざ自分が活動を始めると、ほとんどが日常の中に同化して風景のように気にならない存在になる。 聞きなれない音でさえ、日常の音にかき消され、一瞬の隙間でやっと気づき、改めてそれに神経を集中してわかるものだ。
私は不眠症でもないし、少しだけ寝付きが家人より悪いだけで、いったん寝てしまったら、大雨も雷も、地震さえも気づかないことが多いので、あの雪の夜の音は、うるさいながらも新鮮な体験だった。
その雪は、諦めていたシーズン最後のスキーに連れて行ってくれて、思いがけずに上質の雪を楽しむことができた。