甥の来広

中学を卒業したばかりの甥が春休みを利用して遊びに来た。
神奈川県から初めての来広だ。
彼は、お母さんの実家である宮城へは度々一人で行っているので、初めてのひとり旅ではないが、こっちのおばあさんとは8年ぶりの再会になる。
私は上京した時に何度か会っていたので、少しはその成長過程を何となくだけど把握していたつもり。
最後に会ったのは去年の2月で、お母さんと三人で夕食を共にした。
前の年に病気で手術をしていたので、体調のことや進路の話しをした。
彼は、小さいころから素直で大人にかわいがられるタイプの子どもで、「いい子」であることは間違いなかった。
それでも、その繊細さや体調も含めての線の細さが気になる。
合計5泊6日の来広で、そのうち4日間は一緒に行動していたので、彼と接する機会も多く、今までイメージでしかなかったいろいろな面を直に知ることになる。
もっとも意外だったのは、彼が携帯電話を持っていたことで、1か月前に買ってもらった携帯を片時も離さず、四六時中メールをしていた。
相手は、中学の友達であったり、無料サイトで知り合ったメル友らしい。
そんな今風の当たり前の中学生の姿が意外だと思うくらいに、彼は私の中で、むしろ良い子すぎるイメージだったのだ。
その普通さに、私は失望し、一方で安心するという矛盾した思いに少しうろたえた。
子どもと話をするのは苦手ではなく、友達の子どもと話したり遊んだりするのも決して嫌いではなく、むしろ楽しいと思えた。
しかし、今回は何故かイメージが変わっていたせいなのか、携帯に夢中な彼に何を話していいのか困ってしまった。
要するにお互いに慣れていない、ぎくしゃくとした関係が最後まであったように思う。
初日は、二人で尾道の街を散策した。
尾道ラーメンを食べ、ロープーウェイで千光寺公園へ上がり、文学の小道を降り千光寺にお参りし、ワッフルのお店で休んだ。
次の日はお祖母さんと三人でしまなみ海道を通り、瀬戸内海の穏やかな景色を満喫した。
三原ではお墓参りを一緒にして広島風お好み焼きを初体験し、筆影山でもう少しで咲き誇る桜の木の下でおにぎりを食べた。
全ての予定をこなして帰っていった彼を見て、果たして楽しい来広だったのかわからない。
それは、もしかしたら私自身がそれほど楽しい時間を過ごせたと思わなかったせいかもしれない。
いろいろな話をしようと思っていたのに、結局は充実した話しが出来なかったからかもしれない。
何故だろう?
ちょうど子どもと大人の狭間にある彼に対して、どう接していいのか分からなくなってしまった。
そんな私自身に、うろたえたのだ。
さっき、無事に家に着いたからと電話があった。
「いろいろとありがとうございました」とはっきりとお礼を言い、「楽しかった?」と聞いたら、「はい」と言った。
話がない時は、黙っていてもそれが自然なのは家族の特権なのかもしれない。
静寂が居心地悪いとか、その雰囲気を気にしてしまうのは、他人だからなのかもしれない。
それが、わかってうろたえたのだろう。
そんな気持ちがつまらなく思ったのだろう。
私自身が。
彼は、きっとあと何年かしたら、また来広するだろう。
また少し成長して、別の彼を見せてくれるだろう。。