はらんきょう

実家の冷蔵庫を開けると、真っ赤なプラムが目の前に飛び込んできた。
「一個食べていい?」
そう尋ねて、返事も待たずに被りつく。
お昼に食べた回転寿司のせいか、さっきから喉がカラカラで、コーヒーや水を飲んでも乾きは、いっこうに収まらなかった。
プラムを一口ほおばる。
前歯でもう軟らかくなった全体をすくいあげて、口の中に実だけ残して、皮を出す。
余り行儀のいい食べ方とは言えないけど、この野性的な食べ方が一番おいしい。
冷えた甘い果汁が口いっぱいに広がる。
時々、皮と実のすれすれのところを噛んでしまう。
酸っぱさは、少したってからやってきて、思わず「すっぱーーー!」と苦笑い。
プラムは亡くなった父の大好物で、店先で見かけると1度は買ってしまう母。
母は好きではないので、プラムはしばらく冷蔵庫に居住している。
週に一度は実家の冷蔵庫を覗く私なので、時にはフレッシュな、時にはもう生ごみ寸前のプラムを発見する。
「お父さんの好物だから、つい食べなくても買っちゃうのよねえ」
いつもの母の台詞だ。
「そうだったよねー。 懐かしい」
たぶん、私もそう答えている。
父が亡くなってからもう14年、毎年この時期になると、こんな会話が母との間で交わされる。
父は、プラムのことを、「はらんきょう」呼んでいた。
きっと懐かしい、子供時代の味がしたのだろう。

お酒が好物だった義父は、塩辛と八宝菜が好きだった。
外食すると、決まって(それがあるお店)中華丼か八宝菜を注文していたし、お酒のアテに塩辛を少し食べていた。
亡くなる前にも、アミ(海老の稚魚)の塩辛が食べたいと言い、可愛がっていた甥が持ってきてくれた。
本当はもう食欲もなく食べられなかったのに、すごく嬉しそうに笑っていた顔を今でも思い出す。
その甥も去年の秋突然亡くなり、新盆を迎える。
義父に負けないくらい、お酒が大好きで、よく義父とも飲んでいた。
そういえば、食べ物の好物は何だったんだろう?
その1か月前に亡くなった近くに住む甥は、大根が嫌いで、時々お裾わけをしていたおかずでも、大根の時は渡すことが出来なかった。
好きなものは覚えていないのに、嫌いなものを不思議と覚えている。
それほど親しかったのかもしれない。

今日は、お寺さんのお盆参りの日で、昨日から花を飾ったり、仏壇周りを片付けたり、今朝も、義母が早くから玄関や廊下を掃除していた。
御院様を迎えて、お経を一巻あげていただく間に、多くの先に逝ってしまった人を思った。
好きだったもの、嫌いだったもの、その人たちとのささやかな思い出。

今日は、八宝菜を作ろう。
塩辛も買って来よう。
みんな、それを見て、思い出してくれるかな。
もうすぐ、お盆が来る。