癒しの温泉●

「どちらからですか?」
温泉で二人きりとなると、どちらかともなく同じことを聞く。
私の場合は、極端に沈黙が苦手ということもあり、たいてい自分から口火を切るけど。
「広島です」
「え、広島ですか? 私もなんよー」
異なる県であっても会話は弾むが、同じ県となるとますます盛り上がることになる。
久しぶりの家族旅行は、これまた久しぶりの九州、そして以前から気になっていた黒川温泉だ。
黒川温泉がブームの頃は、何カ月も先まで予約がいっぱいだった旅館に、夏休みも終わった閑散期、4人一部屋のお得なプランに乗っかってやってきた。
黒川温泉は、阿蘇山の北に位置し、南小国温泉郷の一つで湯布院のお隣にある。
泉質は、硫黄泉、独特な硫黄の匂いはあるが、顔をしかめるほどではなく、湯は肌に纏わりつく軟らかい絹のようで心地よく、半身浴であればいくらでも浸かれる。
約6時間のドライブを終え、旅館に到着して一息つくと、母たちを残してさっそく温泉へ。
ここは、男性よりも女性のお風呂が充実していて、露天風呂を含めて5つの風呂が楽しめる。
渓流が流れる森の中にあり、奥黒川という静かな佇まいの中にある。
外湯の人が来ない、内風呂にまず入る。
石造りと檜造りの内湯は、本当に静かで、渓流のせせらぎと、野鳥の声しか聞こえない。
正面の森の木々の間から射す木洩れ日がキラキラと輝き、大きな窓越しに優しく注ぐ。
頭にタオルを乗っけて、誰に言うでなく「ああ、気持ちいいー!」と伸びをする。
しばらく一人で浸かっていると、偶然広島からという同年代と思しき泊まり客が入ってきた。
自己紹介など終えた後、二人で他のお風呂を巡ることにした。
ここで一度着かえて、奥の風人の湯へ行く。
内湯と同じ作りだったが、窓にガラスがなく、より開放的になっている。
正面には小さな滝がある。
ここからは、裸で露天に歩くことが出来る。
「ちょっと恥ずかしいよね」と言いながら、それでもまだ明るい森の中を裸で歩くと、気持ちまで開放的になる。
森の湯には、若い女性のグループが入っていたが、ちょうど出る頃だったのか、弾んだ歓声を残して、森の精のように私たちが来た道を走り去っていった。

川との境を岩で囲ってあって、平らの岩から温泉が川に流れている。
白い湯の花も浮いていて、雪の結晶かタンポポの種みたいだ。
二人で、温泉談義に花を咲かせている間、ひっきりなしに若い子たちが入ってくる。
外湯巡りは温泉街の醍醐味ではあるけど、この旅館の温泉が一番いいらしく、今回はここでだけで十分に堪能できそうだ。
小走りに来た道を今度は、ゆっくりと戻り、部屋に帰ると1時間半も過ぎていて、みんなに呆れられる。
夕食後、再び露天に入る。
そこでは、湯治に来ている腰痛のお客さんが、ペットボトルを片手に、出たり入ったりしていた。
彼女も偶然広島の人で、「奇遇ですねぇ」と邪魔にならない程度の会話をする。
濃紺の空に少しだけ星が出ている。
明日はどうやら曇りか雨らしい。
ぼんやりとした月明かりが、湯の花の白さを際立たせる。
もし晴れていたら満天の星が見えたに違いない。
半身浴で、1時間近くも堪能した。
この温泉は湯あたりしないのだろうか・・・。
薄絹衣を纏っているという表現が本当にぴったりの、上質の湯だからだろうか。
次の朝は、6時から一番風呂とばかりに早起きして露天風呂に・・・。
先客は、昨夜の湯治の人で、気持ち良さそうに入っていた。
続々と泊まり客が入ってきたので、浴衣を抱えて、慣れた裸族の如く、風人の湯へ向かった。
ここで、昨日一緒に巡った人と一緒になり、二人で滝を見ながら「初対面の気がしないよね」と言いながら、家族の話をする。
最後には、本当に旧知の友のように近況を報告しあい、気がついたらまた1時間半も入っていた。
ただ、同じ県に住んでいるという共通点だけで、名前もメルアドも交換せずに楽しい時間を共有した。
一期一会。
心身ともに癒された、黒川温泉山みず木の宿。