天使と悪魔

と言っても、これは映画のタイトルではない。
ましてやキリスト教のお説教でもない。
この秋パワーアップして再び現れたやんちゃな天使と名付けた姪の子だ。
3年前に「やんちゃな天使」と題して書いたことが、つい最近のような、ずいぶん前のような、実に波乱万丈な3年間だった。
波乱万丈は私ではなくて、姪のこと。
家族3人で遊びに来てから1年半後に離婚して、今は一人で子どもを働きながら育てている。
離婚前の話し合いや引っ越しは手伝ったが、全ての手続きを彼女は一人で頑張った。
家庭裁判所、就活、新居や保育所探し等々。
離婚という大きな節目に伴う傷心を抱えながら、歯を食いしばって頑張ったと思う。
彼女の長所は、忘れることだ。
見事に過去の辛いことを忘れている。
だから、その経験があんまり生かされていないとも、意地悪な目線から言えるかもしれない。
「今を精いっぱい生きる」ということではそのパワーは半端じゃない。
その一人息子のパワーも半端じゃなかった。
次の動きが読めずに後を追いかけまわしていた3年前とは、明らかに成長をしている。
起きている時はずっとしゃべり続けている。
充電がなかなか切れない、買ったばかりの携帯のようだ。
誰に対しても彼は彼を主張する。
「ゆーとん」と何気なく呼んでいた癖のまま、彼にそう言うと、「僕はゆーとんじゃない、ゆうとだよ!」「ゆーとんってかわいいじゃない?」「かわいくなんかないよ。僕はゆうとだ!」
こんなエピソードは数知れず、大人顔負けの反撃をする。
駄々のこね方が、一々納得させられる。
まだ5歳なのに・・・。
その時自分に一番愛情を示してくれている人に対しては、精一杯の甘えた声で話し続ける。
天使のようなかわいい笑顔で。

今回は、彼女の妹(もう一人の姪)、二人の母、そしてやんちゃ坊主の4人で遊びに来たので、運転手の私が全責任をもってみんなを尾道千光寺、宮島、しまなみ海道と観光案内をしたわけで、運転に集中することが最重要項目だったために、あまり彼と遊ぶことが出来なかった。
彼は私にあんまり天使の笑顔を見せてはくれなかった。
それどころか、私の感じていることを表情やちょっとした言葉の端々でわかるのか、他の人に対してより明らかに冷ややかな態度をとる。
「おいおい、私は結構気を使ってみんなに奉仕しよるんよ」なんてことは口にしないのに、見透かされている。
感覚で生きているってすごいのだ。
最初は、懐かない彼に対して「あんまり可愛くないなあ・・・」と思ったが、4日間一緒に過ごしてみると、まるで自分の心が、彼の瞳を通して戻ってくるような気がしてきた。
自分が好かれたいとか、何事もなく無事に過ごしたいとか、その場しのぎの感情なんて通用しない。
怒っても叩いても、そこにちゃんと深い愛情さえあれば、拗ねて、泣き喚いて、駄々をこねていても、彼は天使の笑顔をまたすぐに向けてくる。
子どもの個性で、やんちゃをしたり調子に乗る行動を押さえつけることは難しい。
そういう時期は、大人の都合でそういう場所に連れて行かないことが一番だ。
「この子はちゃんと育ってくれるんだろうか」という不安がないわけではない。
実際、姪もそういう不安を何度か口にした。
でも、彼女には息子に対しての圧倒的な無償の愛情を注いでいる。
妹も母親も、私には比べ物にならない程の愛情を注いでいる。
それが、ちゃんとその眼差しで、声のトーンではっきりと伝わる。
私にとって、やんちゃ坊主が天使なのか悪魔なのか、それは彼じゃなくて、私の心の中そのもの。