沖縄パワースポット紀行

沖縄は全土にパワースポットが点在していると聞いていたが、沖縄そのものが全てパワースポットではないかというほど、あちこちで体感することが出来た。
初日 首里城・識名園(しきなえん)
過去4回全焼し、そのたびに再建されてきた首里城こそ、琉球という独立国から日本の沖縄県へ、第二次大戦後アメリカの統治下において琉球政府となり、再び1972年沖縄返還で日本の施政下となった沖縄の波乱の歴史そのものだ。
唯一の地上戦と言われる沖縄戦によって数多くあった国宝が消失され、現存する国宝も数少なくなっているにもかかわらず、ここはやはり立派な世界遺産。
首里社館から鮮やかな朱色の守礼門へ向かう。
首里城は門が多く、その一つ一つの門に意味があり、白い石造りの素朴な小さな門が多い。
第一の正門は「歓会門(かんかい)」文字どおり来訪者を歓迎してくれている。
竜宮城の入り口のような瑞泉門(ずいせん)、水時計の意味のある漏刻門(ろうこく)
小さな門は風の出入り口となり、「気」(パワー)も同時に出入りしているようだ。
門をくぐる度に次元が変わっていくような感覚にとらわれながら正殿へと進む。
階段があり、ところどころに湧水が溜められている水場がある。
水場からはふわふわと上へ向かって気が流れている(実際は上から下だろうけど)
いよいよ正殿の入り口である広福門(こうふく)へ。
門をくぐると御庭(うなー)という首里城の中心部の広場に出る。
赤と白で色分けされている広場の敷き瓦は諸官が並ぶための目印だそうだ。
正殿の周りにも沢山の意味のある門が点在している(奉神門・右掖門 ・淑順門 ・久慶門)
出入り口である門にこれだけのパワーを感じたのは初めてで、復元されているので遺跡という印象が薄かった首里城に琉球〜沖縄の波乱の歴史を感じ、数々の困難があっても神(沖縄は自然にあるものを神として崇めている)に感謝することを忘れなかった人々の健気さも同時に胸に刻む。
1時間半ほどで見学を終えたのだけど、半日、いやほとんど一日いても飽きない場所だ。
後ろ髪を引かれる思いで、琉球王の最大の別邸である世界遺産「識名園」へ。
識名園は、琉球の王家が保養のために滞在したり、中国からの使者を接待する時に使われた別邸で、首里城から歩いても30分ほどの閑静な場所にある。
東京ドームがすっぽり入るくらいの敷地面積なので、広くなく狭くなく、散策するにはちょうどいい距離で、池と御殿(うどん)を中心にガラサームイ(ジャングルのような森)に囲まれている。
本門からの石畳は、ディダラボッチが現れそうな大きなガジュマルの木が両側に生い茂り、緑の間から光のシャワーが歓迎してくれる。
ガジュマルの木って凄いです。
ずっと幹にしがみついていたいくらい、力強さと暖かさを同時に兼ね備えている。
この道だけでもすでに癒しパワーが全開で、この日はあいにくの曇りで人も少なかったのだが(すれ違った人も10人以下)春から夏にかけてはディゴの赤い花が咲き、果樹園にはバナナやパイナップル、シークヮサーが甘い香りを放ち、五感で楽しませてくれるのだろう。
翌日、一番楽しみにしていた、斎場御嶽(せーふぁうたぎ)を訪れた。
東御廻り(あがりうまーい)という、創造神(アマミキヨ)がニライカナイ(神界)から渡来して住みついたと伝えられる霊地のひとつで琉球王国最高の聖地とされ、今はパワースポットとしてちょっとした観光地になっている。
東御廻りは14か所あり、グスク(城)とウタキ(御嶽)そして川(水場)にある。
四国の八十八か所詣りのようなものだろう。

ウタと呼ばれる巫女のような女性が、御嶽で神様と話して吉凶を占う。
斎場御嶽はすっかり整備され、駐車場の入り口には世界遺産の碑があり、入口からしばらくは石畳が敷かれ歩きやすくなっている。
祭事が行われる大きな石が順路に整然とあり、歩きながら徐々に厳粛かつ神聖な気持ち包まれる。
そして、光の射す岩の入り口三庫裏(サングーイ)の先に神の降りる島久高島(くだかじま)の見える遥排所がある。
いやあ、ここのパワーは半端じゃなくすごかった。
当日曇りにも関わらず、ここだけは陽が射している。(実際太陽は見えないのに、周囲の木々から木漏れ日のような陽が射し、明るい)
青い海に浮かぶあの神々しい緑の久高島から神様が語りかけてくれる途轍もなく大きな光に包まれた柔らかい心地よさを、ゆっくり体感する。
涼しかった風まで、温かさを感じる。
次回は、東御廻りと久高島来訪を実現したい。
そう心から願った。
 
( 沖縄紀行はさらにつづく)