リアル・シンデレラ(本の持つ力)

「オススメ本or映画」のコーナーで、以前紹介した姫野カオルコ「リアル・シンデレラ」。
読み終わってから何カ月も経つのに、まだ読後の余韻に浸っている。 余韻というより、日が経つにつれ、倉島泉(せん)という主人公がどんどん私の中で大きくなって、彼女への思いが大きくなっていく。 時々ふと、「泉に会いたい」と思うようになった。

「リアル・シンデレラ」あらすじ(アマゾン)
童話「シンデレラ」について調べていたライターが紹介された女性、倉島泉。長野県諏訪温泉郷の小さな旅館の子として生まれた彼女は、母親に冷遇され、美人で病弱な妹の陰で育った。町には信州屈指の名家、片桐様の別荘があり、ふとした縁で、松本城下の本宅に下宿することになる。そこで当主の一人息子との縁談がもちあがり…。多くの証言から浮かび上がってきた彼女の人生とは? 

この本のレビューを読むと、投稿者の幸福感や感性のみならず、今置かれている環境さえも想像してしまう。 この本が好きだと言う人は、きっと不幸に違いないときっぱり言う人。 物質的な豊かさが幸福だと思われる現代社会へのアンチテーゼの物語だと言う人。
シンデレラには不幸な分だけ幸せになってほしかったと、言う人。
じゃあ、その人の言う幸福ってなんだろう?
見知らぬ人の思考にいちいち脳が反応して、その答えを自分なりに出して満足すると、より一層自分の中の「泉像」が確かなものになる。
以前、友だちがある人の本を何冊か読んで(小説ではなく、思想家の本)「もう、私は読書する必要性を感じなくなった。この人の本だけで充分」と言っていたことを思い出し、もしかしたら、私にとって「リアル・シンデレラ」は、自分の感受性全てを受け止めてくれて、これから生きていく上で何らかの指針となり、迷った時には助けてくれるような本になるかもしれない、と思った。 143回直木賞の候補となった「リアル・シンデレラ」 作家の選評もまた、とても興味深いものだ。 バブルの頃若い女性にもてはやされた作家、林真理子氏  「姫野カオルコさんは、疑いもなく大変な才能の持ち主であるが、いかんせん今回は長すぎた。聖と俗とがうまくからんでこないのが残念であった」 心温まるお伽話のような小説を数多く書いている浅田次郎氏 「姫野カオルコ氏は天才である。ことに私はこの『リアル・シンデレラ』を、たとえばモーツァルトの写譜をするサリエリの心境で読んだ。次なる一行が想像できず、しかし顧みればきちんと調和している。驚きの連続である。いわば凡俗の理解を超えているのだが、結果としての美しさ面白さは多くの読者を得て然りであろう。」
大絶賛だったのは、あらゆる時代、世代を網羅し、数多くのエンターテイメント作品を世に出している宮部みゆき氏 「(引用者注:「天地明察」とともに)丸をつけて、選考会に臨みました。」「私はキリスト教の「聖人伝」として読みました。倉島泉という黒い子羊が聖人になるまでの物語です。」「読後、自分のなかに溜まっていた自分ではどうすることもできない澱が、いくばくかでもこの作品によって浄化された気がして、静かに涙しました。姫野さん、支持しきれなくてごめんなさい。でも、この小説を書いてくれてありがとう。本を閉じたとき、多くの読者がそう呟くに違いない秀作です。」 (※ 全文はここで http://homepage2.nifty.com/Jekyll-Koga/qqa.files/naoki.htm)
この選評を読んで、最近自分の中ではご無沙汰していた宮部みゆき氏を、また好きになった。
物語の最後に添えられた、アート・ガーファンクルの「ひとりぼっちのメリー」を聴いていると、私は強く泉に会いたくて会いたくてたまらなくなる。 私の周りにきっといるであろう、泉を探してみたくなる。 http://www.youtube.com/watch?v=ds_BpHXA0ec ↑音源 http://www5.ocn.ne.jp/~tyun/MaryWasChild.html ↑ 歌詞 http://himenoshiki.com/himefile/real-1.htm ↑ 姫野カオルコ氏あとがき1 http://himenoshiki.com/himefile/real-2.htm ↑あとがき2「 リアル・シンデレラ」ができるまで 「美しく清いものは、美しく清い。けれど、あまりにも美しく清いと、その愛しさ(かなしさ)に涙してしまうのも宿命である」