憧れの場所

NHKドラマ「ハゲタカ」の鷲津、「龍馬伝」の武市半平太でメジャーになった大森南朋(なお)の住んでみたいと思う場所は、「尾道」だそうで、一度訪れただけなのに何故か惹かれるものがあったと、先日読んだ彼の本に書いてあった。
大森さんは尾道のどんな風景を見たのだろう? 尾道の何にそんなに惹かれたのだろう。
雑誌やTVでしか見たことのない場所。 一度訪れて忘れられない印象深い場所。 前世は、そこで幸せに暮らしていたに違いないと思えるくらいに理由もなく好きな場所。 誰にでも、そんな場所が一つや二つある。
長野県上田市の上田駅から別所線に乗り、終点の別所温泉駅までの11.6キロの短い旅。 窓から見える景色は一面林檎の花畑。 真っ青な空の下に涼しげな緑がそよぎ、少し赤みの交じった白い花が匂い立つように咲いていた。 最初は何の花だろうと思ったが、すぐにここが林檎の産地であることに気がついて、やがてその季節になると、真っ赤な愛らしい実が仲良く寄り添う風景を想像した。 同じ車両には、学生がそれぞれのおしゃべりに花を咲かせ、この素晴らしい光景には見向きもしない。 彼らにとっては、日常の見慣れた風景の一つにすぎない。
最初に長野を訪れたのは、それより5年ほど前の初秋。 白馬、八方尾根のゴンドラに乗り、一緒に行った両親に終点の山荘で待っていてもらい、八方池のある場所まで走って登った。 ちょうど第Tケルンに差しかかった時、眼前に北アルプスの雄大な峰々が薄らと雪化粧を纏い、唐突に現れた。 びっくりして声も出なかった。 手持ちのインスタントカメラで、息苦しくなるくらいの衝撃を何枚も撮った。 スキーで訪れた冬の八方尾根も、最終日にゴンドラの終点地点がやっと晴れ、スキーを置いて、第一ケルンまで必死に登った。 銀世界。頭では想像していたけれど、実際に自分がそのただただ真っ白い世界にいるということは、非日常すぎて感動というより、不思議な感覚になる。 痛いくらいの青い空を、眩しすぎる白を、そこで初めて見た。 白馬の雪渓から望む雄大な白馬連山。 北アルプスを背負いながら、道祖神が見守るのんびりした安曇野。 四季を通して、どこをとっても美しいと思える上高地。 何度、訪れても飽きないのが私にとっての長野という場所だ。
夢のような話ではなく、長野に住みたいと時々真剣に思う。
三原が嫌いなわけではなく、住みにくいわけでもなく、ただ、別所線の学生たちのように、瀬戸内の静かな美しい海が日常過ぎて気がつかないだけなのかもしれない。 海より山が好きなだけかもしれない。
東日本大震災の被災家族が、避難場所として三原市を選んだのは、昨年の夫婦旅行でこの地を訪れ、住民の優しさと温暖な土地柄が印象に残り、市役所に問い合わせたところ、すぐに担当職員が許可をくれたからと聞いた。 心に残るのは風景だけではなく、人情という思い出もまた宝物として深く記憶される。 それを作るのは、今住んでいる私自身でもある。
求める自分と、求められる自分。 果たして終の棲家は、どっちになるのだろうか。