楽 園

シャングリラ、オアシス、楽園をイメージすると、ほとんどの人が雄大な自然、美しい風景に囲まれたある場所をそれぞれに想像する。
美ヶ原、王ケ頭。
北アルプス・中央アルプス・南アルプス・八ヶ岳の雄大な山脈に囲まれ、遠くには富士山が全ての景観を見守るように存在する。
標高2000メートルの大草原には、春・夏に子牛・若牛が放牧され、天敵のいない鹿が親子で幸せそうに暮らしている。
夜は満天の星、特に冬はその美しさに声を失う。
標高2034メートル、さえぎるものが何もないその先端にあるホテル、そこが地上の楽園、王ケ頭ホテルだ。
その存在を知ったのは昨年読んだ「神様のカルテ」信州大学病院の医師である夏川草介氏の小説だ。(ペンネームだそうだけど、なんて素敵な名前なんだろう!)
本の中で、病院に勤める主人公を、山岳写真家である妻が冬の王ケ頭に連れてきて、夜、ワカンを履いて王ケ鼻まで歩き、満天の星を見せる。
それを読んだ瞬間から、私はこの美ヶ原・王ケ頭ホテルの虜になった。
「ああ、いつか行きたい! 絶対に行きたい!」
それから何人の人にその話をして、そう宣言したか・・・。
それが、突然、ある出会いから実現することになった。(長くなるので詳細は省略)
梅雨の真っただ中で、週間予報も曇り・雨。
「まあ、梅雨だもんね、仕方ない」そんな気持ちもあった。
15年前、山登りの楽しさを教えてくれた友人夫婦と八ヶ岳登山をした時訪れた美ヶ原は、台風がちょうど通過するのに出くわして、雨の中、ぼんやり見えたシンボルの塔と、霧に煙る牧場から突然目の前に現れた1頭の馬しか覚えていない。
それが今回は、真っ青な空、眩しいくらいに白い雲、名前どおりの美しい草原。
誰の行いが良かったのか、(私じゃないことは確か・・・)本当に素晴らしい梅雨の晴れ間だった。。
この時期、上田から蓼科、霧ヶ峰を通って美ヶ原に出るビーナスラインは、オレンジ色のレンゲつつじの花盛りだ。
夏雲の中から時々顔を出すアルプスに歓声を上げながらの快適なドライブ。
楽園までのプロローグとしては、あまりにも贅沢な道。
入り口である山本小屋に車を置き、ホテルからの迎えのバスは、長閑な牧場の道をガタゴトと走り、私たちを楽園へ誘う。

早い時間に到着したので、雄大な景色を眺めながらの貸し切り露天風呂にゆっくり浸かり、周囲を散歩。
こんな風景の中にいて、笑顔にならないはずはない。
工夫された楽しい夕食後の楽しみは、美ヶ原の四季のスライド上映、その後、バスで夜の散歩。
星が見えれば、星ツアー、なければ夜行性である鹿を見る鹿ツアー、それも見られなければ、霧ツアーになる。
唯一の残念は、この時期晴天でも夜になると霧が上がってきて星が見えない現象になってしまったこと。
でも、そんな贅沢はいいません。
星を目指すなら、それは冬に決まってる。
冬にまた来ればいいだけのこと。
次の朝は4時には目が覚め、5時から王ケ鼻まで朝の散歩。
山の朝は気持ちがいい。
澄んだ空気の中に、青い山容が清らかに美しく映り、時々残っている残雪が、夏はまだ始まったばかりだと教えてくれる。
1時間の散歩の後、ホテルに戻ると朝食前のレンゲつつじツアーが待っていた。
すでに陽も高くなった朝の高原の中、一番見頃の場所へ連れて行ってくれた。
青・白・緑・オレンジ。
全てが密度のある、濃淡のある、鮮やかな色彩の中、そよぐ風の心地よさも、香りも、五感で体験する全てが幸福に包まれる。
「また来たいな。うん、また来よう!」
この世の楽園は自分の意思で来ることができる。
そう感じられる人には、誰でも平等なんだと思う。