団塊ではない世代

昭和30年代は、高度成長期のちょうどスタートから助走、だんだんと加速していく時期にあたる。
成長と共に、多くのものを目撃し、感動し、考えることより、感覚で生きてきた幸せな世代とも言える。
そんな代表のような私だけど、時々団塊の世代が羨ましく思うことがある。
「団塊の世代」は、数多くの肩書を持つ(官僚・元国務大臣・作家・評論家等々)堺屋太一氏の小説のタイトルで、戦後に生まれて、日本経済の発展に貢献した世代の総称のようになっている。
後にも先にも、こんなに認知されている世代の総称はない。
団塊の世代は、もう戦争は知らない。
しかし、その親の世代は、戦争と深い関わりがある。
その犠牲においても、責任においても。
戦争の爪痕がいたるところで残っていた日本で生れ、食べることが精いっぱいの時代に幼少時代を過ごし、戦後の混乱の中で教育を受け、教育されたというより、自らが多くの同じ年代を生きる人たちとの関係を通して学んでいった世代でもある。

当時の大学への進学率は、まだ15%ほどで、右に倣え、ではなく、自分の意思で最高学府に進んで行った。
そして、多くの学生が、その情熱を学生運動に注いだ。
全ての人に思想があったわけではなく、何か巨大な波のようなものに流された人も多かっただろうけど、それでも決して自分の得になるとは思えない、自分のためというより、そうじゃない今の大学、現代社会もしくは日本の将来のために、その身を投じた人が多かった。
と、なんとなく私はそう思っていた。
そういう思いが、純粋さや潔さをその世代の中に感じ、ある種の憧憬を抱いていたのだと思う。
映画「マイ・バックページ」を観て、その現実を垣間見て、それでもその世代がやはり羨ましいと思う自分が面白かった。
この映画に関する評論や関連記事などを読むと、映画の中だけでは知りえなかった沢山の事実や感性に出会うことができる。
思想と行動。
本物と偽物。
伝えることと、伝えないことの選択。
目的と手段。
何より、命の重さ。
両極にあるものは常に対峙しているわけではなく、柔軟にうごめいているという事実。
団塊の世代が残していった沢山の足跡の上を歩きながら、次の世代はそれについて考えなくてはならない。
団塊の世代の足跡は、生まれ変わった戦後の日本についた新しい靴でつけたものなのだ。
団塊の世代が語られる時、「良くも悪くも」という形容詞がつけられる。
この映画もまさに、そういう感覚の映画だった。
悪者が出てくるわけではない。
正義を高らかに語っているわけではない。
本当はもっと熱い時代を駆け抜けたに違いない(今までのこの頃の映画だと)世代の様子を淡々と描いていた。
私が一番羨ましいのが、「選択の世代」であるからだ。
自分で自分の道を、思考を、選択し、進める世代であったからだ。
本当に大事なものが何であったかを知るのは、どの時期であってもいいのだと思う。
気がついた時が、その人自身の総括が済んだということなのだろう。
この映画の主人公が、ラストで慟哭したように・・・。
そういうことを明確に浮かべることのできる、「団塊の世代」をやはり羨ましいと思う。