中国・北京旅行−3(人!人!人!)



万里の長城を降り、北京市内に戻るバスの中でも居眠りすることもなく、私は車窓を眺める。
万里の長城のある山の向こうはもうモンゴルなのだ。
万里の長城を作った理由も北からの侵入者を防ぐためだったことを思い出す。
軍と思しき緑色のトラック軍団、豚をぎゅーぎゅー詰めにして運んでいる真っ赤なトラック、高速道路の左側はトラックばかりが並んでいる。
なんでもトラックは午後3時以降しか高速を走れないそうで、3時前になると高速道路付近の道路にはトラック行列が出来る。
巨大ビル群の織りなす大都会、国境を知らしめるようにそびえる途方もなく続く岩山、そこに突如として現れる万里の長城、
観たこともないくらい大きな夕日がそこに色をつける。

この日はまだまだ盛りだくさんで終わらない。
北京ダックの夕食を楽しんだあと、時間ぎりぎりに雑技団のショー会場に飛び込む。
しかも、私たちのグループは、揚さんの顔でなんと一番前の席。
一流とは言えなかったが、本場の雑技団の演技に感心しながら1時間の間、飽きることなく堪能した。
そののち、母と私は、6人になったツアー仲間と共に、足ツボマッサージをたっぷり1時間受ける。
彼女たちは英語も日本語もわからず、身振り手振りで、母には軽くと、お願いして受けた。
確かに気持ち良かったが、それより、環境がなんとなく怪しい建物で、中国マフィアが今にも登場しそうな佇まいだった。
しかし、気持ち良くなって私たちは無事にホテルに戻った。
時間は22時を回っていた。
何ともコッテリした予定を無事にこなした。
翌日は前日の反省を生かして、6時10分前には下のロビーに降り、レストランの前に並び、無事に席も確保したが、集合時間がさらに早かったので急いで朝食をとった。
二日目の最初は、四番目の世界遺産、皇帝が五穀豊穣を祈った聖なる地「天壇公園」。
北京市民の憩いの場所でもある天壇公園は、建造物までの間は広い公園になっていて、あちこちで、足を使った羽根つき、太極拳、家族ずれがバトミントンをしていて微笑ましい。
しばらく歩くと、南北一直線に円形の3つの建造物が並び、一見寺院のようだが、宗教的な趣はあまり感じられない。
見学できるのはどこも外観だけで、大勢の人が小さな入り口から中を覗いていたが、到底その順番は回ってきそうもなかったので、ぐるりと一周して諦めることにした。
中国は、陰陽五行思想に基ずいた建造物が多く、もっともその文化が栄えたと言われている明・清の時代のものが今も残っている。
天壇公園を後にして、いざパンダの待つ北京動物園へ向かう。
600種7000頭の動物が飼育されているうち、数頭のパンダを観に世界中から観光客が訪れる北京動物園なのだが、世界最大の人口を持つ、地元中国民も大事な一人っ子を連れて休日には訪れる場所でもある。
そう、本日は日曜日・・・。
子供の日の上の動物園並みの混雑しているパンダ館に、一目散に向かったわけだが、一人っ子政策によって、両親・祖父母の愛情を一身に受けている中国の子どもは、自分が一番大事と揚さんも話していた国民性に拍車をかけるように唯一無二の大事な宝物。
その振る舞いは、まるで王様。
日本だったら、警備員が警笛を鳴らしながら、「はい! 立ち止まらないでゆっくり歩きながらパンダを観ながら、進んでください」と言うのだろうが、その横柄さすら今は恋しい。
作の前に中国の子どもがいつまでもいて、多角度からその写真を撮っている親たち。
周りの観光客になんて目もくれない。
殺気立った感じさえあり、パンダと写真という夢は儚く消えた。
肝心のパンダは遠目から見ても寝ているばっかりで、ほとんど動きがなく、せめてもの救いか、などと、意地悪な気持ちまで湧いてきた。
初めて、というばかりではなく、中国はその風景だけではなく、そこにいる人々を観ているだけでも、なんだか感じることが多い。
ただ、不愉快というわけではなく、とにかく「違い」を意識する旅でもある。
その「違い」はある意味、日本は自分にとって住みやすい国だということを意識できる。
現在の中国の最高指導者である胡 錦濤(こきんとう)主席がここ10年の中国人のモラルの低下について危惧しているとの話を揚さんに聞いたが、あちこちで納得できる場面に遭遇した。
自由になり、豊かになり、得たもの失ったもの、それは日本人にも言えることなのかもしれない。
それに、誰がいつ気がつくかということなのだろう。
(まだまだ次回へ続く))