「ヒミズ」を観て。

園子温(そのしおん)監督は「愛のむきだし」から4年、凄い勢いで衝撃作を送り届けている。
彼の作品は「猛毒エンターティメント」と言われ、たぶん類似しているメジャーな作品は思い当たらないほどの独自性を貫いている。(「ちゃんと伝える」(2009年)は例外)
だから、好き嫌いははっきり分かれる。
それまでの私は、血がドクドクと流れるような映画は苦手だったし、ありえない設定が多すぎる物語は(いくら実話をもとにしていると言っても過剰なデフォルメ)、決して好きなジャンルではなかった。
「愛のむきだし」までは・・・。
それほど、あの作品は私にとって衝撃だった。
今まで見たこともないような意味のわからない抽象画の前で、立ち尽くすような、その日以降、その作家の他の絵が気になってしまったような、そんな不思議な感覚になった。
そうして、園子温監督は、私の数少ない監督で映画を観る、お気に入りの監督になる。
いつだったか、NHKのスタジオパークに園監督が出演していて、偶然に観ることが出来た。
思いのほか饒舌だったが、その風貌や話す内容は、期待通りの奇才を匂わせた。
(黒のマントを着こんでまるで、中世の魔女の様だった)
2月某日、楽しみにしていた新作「ヒミズ」を観た。
原作は、10年前に「ヤングマガジン」で連載され当時の若者に絶大な人気を博した古谷実のコミックスだ。
3.11の震災前に、脚本を書き上げ、原作にほぼ忠実な形でメガホンを撮る予定だったが、あの震災で、映画の中に震災というテイストが入り(むしろ核になった)、なんと最重要であるラストを変えてしまった。
【あらすじ】主人公、住田(15歳)の夢は、「普通の大人になること」暴力的な父に酷い心身ともに暴力を受け、母性を失った母にも育児放棄されてしまい、やがて天涯孤独の身となる。その住田に恋心を抱く同級生の茶沢も実は、母親から家庭内暴力を受けていた。
住田はやがて夢を諦め、深い暗闇を歩きだす。茶沢はそんな住田を愛で必死に包み込もうとする。2人の未来に希望は見いだせるのか?

原作もかなりハード・ディープな作品らしいが、この映画も絶望と希望のギャップがあまりにも激しく、観ていてものすごいエネルギーが必要だった。
癒しとか緩いとか、今の映画界の流行りに、真っ向から立ち向かうかのような、エネルギーを全編に感じた。
たぶん、園監督は、映画界というより、観客に対してなんらかの挑戦をしているような、そんな気がした。
「普通」が夢だと言う少年の悲しみ、それを救うものは愛しかないとはわかっていても、果たして、その愛が彼に届くのかさえ、想像できない。
それはたぶん、私がそんな目にあったことのない幸せな観客だからだろう。
震災は、沢山の人に同時にそんな目に合わせたと園監督は言っているのかもしれないが、一方で、ラストを変えてしまったことは、震災は、絶望ではないと言いたかったのではないかと私は思う。
震災で、愛する者を失ってしまった人が沢山いる。
同時に沢山失ってしまったから、それは悲劇的に映るが、たぶんそういうことは日常であらゆる場所で起きていることに他ならない。
本当の不幸はなにか? と考えると、失ってしまったことより、絶望することだと、改めて思う。
この映画は、そのことを深く思い起こさせてくれる。
茶沢の愛こそが、希望だし、震災で沢山の物を失った人たちの住田に対する応援だ。
周りの人が辛さを経験していることが、慈善でも偽善でもなく、痛みのわかる人たちであるからこそ、伝わるもの。
辛い経験は、宝物になりえる、一層深い愛をもたらす。
そう思わずにはいられない。
「がんばれ! 住田! がんばれ! 茶沢! がんばれ! みんな!!」
この映画は何かを背負った全ての人へのメッセージに大きく変貌した。