広島ソウルフード

その昔、まだ私がスリムで、口角も下がっていなくて、それでも今よりは不健康だった頃、尾道栗原通りを駅に向う商店街の一角の平凡な食堂で、初めて体験した「モダン焼き」今で言う「広島風お好み焼き」は、それまでのお好み焼きのイメージを覆す、衝撃の味だった。
薄いクレープのような生地にたっぷりのキャベツ、豚バラ肉・生イカ・生エビが惜しげもなく乗せられ、その上に他の人の注文だと思っていた焼きそばがドーンと乗せられ、要塞のようになった物体を、静かに大きなヘラで抑えて、たら〜りと生地を流し、驚きのテクニックでひっくり返す。
鉄板の上で割られてヘラの角でいい感じに崩された卵は、素早くお好み焼きの座布団に変身。
茶色いソースがたっぷりかけられ、青のり・紅ショウガでトッピング。
甘い香りの湯気が立ち上り、目の前には芸術作品、「モダン焼き」が鎮座していた。
小さなヘラを受け取って、一口サイズに切りながら熱々のお好みを「はふはふ」言いながら最後まで一気に食べた。
初めて食べたのに懐かしい気がするソースの味、イカやエビの新鮮な味、出しゃばらずにちゃんと主張する焼きそば、キャベツの甘さや、大好きな卵の存在感。
とにかく、この味の衝撃は一生忘れられないと、その時ちゃんと自覚した。
三原はとにかく、お好み焼き屋さんが多い。
学生が漫画を読みながら空腹を満たす場所であり、スポーツ帰りの主婦が馴染のお店で井戸端会議をする場所であり、おじちゃんたちがビールをちびちびやりながら、元気なおばちゃんの焼くお好み焼きを待つ間に、世間話をする場所である。
今ではおしゃれなお店もあるけど、そこには家族や仲間たちの笑顔の溜まり場になっているのは、昔とちっとも変らない。
3月の初め、友だちが夢だったお店をオープンさせた。
自宅の近くにあったお好み店を借り、内装を自分の好みに少し変え、必要な資格を取り、広島で修行をし、家族や友人に試食をしてもらって意見を聞き、短期間の準備期間にも関わらず、予定通りのオープンにこぎつけた。
このお好み焼きが美味しい!
まだたぶん経験不足の素人のお好み焼きなのだろうけど、キャベツは一番その甘さが引き立つようにミリ単位に気をつけて刻む。
脂は健康のために控え、もやしも水っぽくならないように少量にして、焼きそばもただ乗せるだけではなく、鉄板で少し焼いてから乗せるのでぐっしゃりしていない。
ソースはブレンドで懐かしい甘辛味。
なにより、夢の叶った彼女が笑顔で焼いてくれるお好み焼きが美味しくないはずがない。
「今はね、儲けるとか、商売を成功させるとか、そういう時代じゃないんよ。この場所が、来てくれる人の安らぎの場所になってくれたらいいんよ」
そう話す彼女の瞳はキラキラと輝いていた。
そうだ! 広島にはお好み焼きがある!
私はあらためて、この広島ソウルフードに気付き嬉しくなった。
この3月になってから、もう4回もお好み焼きを食べている。
でも、ちっとも飽きないのは、もう私がすっかりこの地の人になったからかもしれない。
そう、お好み焼きはもはや私のソウルフードなのだから。