きれいな地球に。

私がきれいな地球を意識したのは、小学生の頃だと思う。
小学校1年生から中学3年生までの9年間住んでいた東京都板橋区、最寄りの上板橋駅から池袋に向かう東武東上線の電車に乗っている小学校4年生の私は、落ち着きがない。
電車は好きだけど、靴を脱いで後ろ向きになって窓を眺める姿勢をするには、少し大きくなっていた。私は立って車窓から流れる街の風景を観ている。電車が駅に着くたびに少数の人が降り、それより多い人が乗ってくる。池袋に着くまでにはこの車両はいっぱいになる。出入り口付近にへばりついている私は、あることに気付く。大人の男性が、降り際に読んでいた週刊誌や新聞を網棚に放り投げるのだ。そんな人が多い。「何で?」私の中に疑問符が浮かぶ。終点の池袋駅に到着する頃には、網棚には数種類の雑誌や新聞が置き去りにされている。それを背伸びして集めて、駅のごみ箱に捨てる私。それを不思議そうに見ている大人。そんな光景をはっきりと覚えているのだ。
もう少し遡ると、学校の帰り道に前に歩いていた大人の男性が投げ捨てた煙草の吸殻を、私は何のためらいもなく拾う。それを近くのゴミ箱に捨てたか、家まで持って帰ったかは覚えていない。一度や二度ではなく、何回か拾った記憶がある。父は煙草を吸う人だったので、早速その出来事を報告しながら、「お父さんは捨てないよね?」とにじり寄ったそうだ。歩きながら煙草を吸う習慣があった父は、そんな娘のために、マッチ箱の中に使ったマッチ棒や吸い殻を必ず入れるという習慣が加わる。
意識して見ると、実にたくさんの大人が吸い殻を放り投げていた。
そういう世間が、社会そのものが、何だか酷く汚いもののような気がした。
そんな私がその後、どうなったかというと、相変わらずゴミのポイ捨てなんかしない。
捨てている人を発見しても、特に怒りは湧かないが、ちょっと嫌な気分にはなる。
見た目同様、性格もまるくなったのか、諦めるようになったのか、それも定かではないが、自分が捨てなければいいか、と思うようになった。
でも、最近ある人と出会って、昔の自分が少し蘇ってきた。敢えて、正義感とは言わないが、捨てる行為に対して、何らかの行動を起こしていた自分が蘇ってきた。
その人を通して今日本中に、環境のことを考えて、日本を、地球をきれいにしようと立ちあがっている人たちがたくさんいると言う事を改めて実感した。
自分がしないということは当たり前だけど、こんなに汚れてしまった日本を再生すべく、立ちあがっている人たちが大勢いる。
もちろん、まず、今住んでいる三原市から考えていかなければならない。
家の近くには沼田川が流れている。それは瀬戸内海に注がれている故郷の大事な川だ。
家から流れる汚水は全て沼田川を通って瀬戸内海に流れる。
流してはいけないものが今身近には溢れかえっている、何がいけないのかさえ知らない人も多いだろう。
ごみを減らすために、三原市はわりと早くからゴミ出しを有料化することで少しでも減らそうとしているが、ややもするとそれが不法投棄に繋がるのだ。

自分さえよければ的な考えは、子どもよりも大人の中にある。その大人の行為をじっと見ているのが、私たちより長くこの地球で生きていかなくてはならない子どもたちだ。
その子どもたちが、私が子どもの時のように、そのゴミを拾ってくれるだろうか? その子の親は、私の父のように、捨てない選択をしてくれるだろうか?
穏やかに生きたいと望むだけでは、たぶん穏やかな生活は望めない。
そういう社会を自ら作る努力もしなければならないのだ。
時には怒りをパワーに変えて、発奮しなくてはならないことを最近強く思うようになった。
私の好きな歌手、ミネハハさんの歌に「ありがとう地球」という歌があって、次のような歌詞がある。
木は黙って切られ 黙って倒れる
人が空を汚しても 黙ってそこで呼吸する
私たちは利用するばかりで この地球に感謝したことがあっただろうか
ただの一度でも心込めて「ありがとう」と言ったことがあっただろうか
傷つけても 傷つけても 傷つけても黙って耐えてたこの星に
何かを返したことがあっただろうか
土は草を育て 草は生き物を育てる
自分のためとか何かのためじゃなく そこに生きてそこに朽ち果てる
そうやって何年も何百年も何億年も生きてきた
空が青いこの地球 海がきれいなこの地球
緑あふれるこの地球 ふるさとの星この地球
ありがとう ありがとう ありがとう地球
この歌を聴くたびに、歌うたびに、もうこれ以上私たちの地球を汚してはならないと強く思い、自分に何が出来るかを考える。
もう一度、無邪気に人の捨てたゴミを、なんのためらいもなく拾えたあの頃に返ってみよう。