通知票

「こんなん出てきたよ」
母が嬉しそうに差し出したのは、セピア色の長封筒サイズの印刷物。
目を凝らして見てみると、私の中学1年の通知票だった。
下の方には薄茶の小さな染みが点々とあり、青い名前のゴム印は滲んでいる。
「あはは、懐かしいねぇ」
表には、教科担任教師指名や、身体の状況が書いてある。
1学期の身長は154.4Cm・48Kg、3学期は、156Cm・48・5Kg。
「たいして成長してないなぁ、むしろ胸囲は減ってるし!」
少しドキドキしながら、核心の学習状況を開いてみる。


英語(4・5・4)国語(4・3・5)社会(3・4・4)数(5・4・4)理科・・・・。
「結構いいんじゃない?」
変わったところでは、聖書・作業・習字。
私の中学は全寮制のミッショナリースクールで、バリバリのキリスト教の学校だったので、聖書が毎日1時間目にあった。(そうそう、そうだった)
しかも、作業も毎日!
作業というのは、掃除のことで、その出来栄えまで成績表につけられる。
ちなみにこの学校では競争というものがなく、部活もない。
体育はあくまでも、競技ではなく体を鍛える目的で運動するという、いささか浮世離れした学校で、たぶん相対評価ではなく絶対評価、5を付けられた人もたくさんいたに違いない。
学習よりも興味深いのは、次のページにある「行動の状況」
基本的な生活習慣(BAA)自主性(AAA)責任感(AAA)根気強さ(BBB)協調性(BBB)同情心(BBB)積極性(AAA)情緒の安定(BBB)奉仕の精神(BBB)
同情心とか奉仕の精神とかは、いかにもキリスト教的な感じがする。
これを見ると、小学校を卒業したばかりの、キリスト教に初めて触れた少女の等身大の私がわかる。
あの頃の私。
小学生のあどけなさと、初めて先生や同級生にさん付けで呼ばれた戸惑い、敬語を使い慣れなくて、親にまで敬語で会話したことが、次々と蘇る。
性格なんて、1年くらいではそう変わるものではないらしい。
できるものなら、2年・3年とどのような変化をしていったのか知りたい気がした。
子どもの通知票はずっと保管しておくものなのか、否か、幸いにも家にはこれだけしか残っていなかったようで、何故これだけ残っていたのかも謎だけど・・・(成績的には小学校の頃のほうが良かったに違いないのに)
それから担任の先生の所見がおもしろい。
特に3学期に書いてあったこと。
「自主性にとみ、決心したことはやりとげるという良さを持っていますが、気ままに自分の思ったことをするような点が時々見うけられました」
変わってないなぁ・・・。
半世紀近く経っているのに、たいして変わってない性格に、おかしいやら情けないやらでいささか複雑な心境だ。
芯は変わっていないとすると、それだけ私はすくすくと育ったのかもしれないと、ふと思う。
親に愛され、友だちに囲まれて楽しく過ごし、健康で、大きな問題に頭を抱えることもない。
結婚してからも、そういう暮らしを続けていたのだろう。
私の過ぎた時間の長さと、その間の幸福をあらためて思い知る。
あの頃に帰りたいとも思わず、先を急ごうとも思わず、最近は淡々と日々の暮らしを楽しむことができているかもと思っていたが、この通知表を見ると、あの頃からそういう風に生きてきたのかもしれない。