ご飯の友

友という言葉にそそられる私です。
今は何でも食べる身も心も食いしん坊の私だけど、小さい頃はこう見えても偏食で、頑張って食べようとすると(強制されたわけではなく自主的に)ジンマシンが出たりする、こう見えても(二度目)神経質な子どもだったらしい。
食事ネタは探ってみればかなりありそうだ。
そんな私のご飯の友の歴史を探ってみた。(誰も興味はないと思うけど)
これは、友と言えるかどうかわからないけど、私は小さい頃から無類の味噌汁好き。
中でもワカメの味噌汁が大好きだった。
ご飯と味噌汁があれば何もいらないといってもいいくらいの、渋い子どもだった。
卵焼きや焼き鮭には目もくれず、まず味噌汁を飲み干し、すぐおかわりをして、それをおかずにご飯を食べる。
兄が残した味噌汁も完食!
母は、この無類の味噌汁好きの娘のために、ちゃんと煮干で出汁をとってくれて、必ず朝晩の食卓には味噌汁を出してくれた。
そのおかげで小学校6年までは目立った病気もなく、本当に健康だった。
海藻つながりで、何はなくとも「江戸むらさき」(永谷園の海苔の佃煮)の時代もあった。
三木のり平さんのCMが大好きで、丸いちゃぶ台の上には必ずど真ん中に江戸むらさきの瓶が鎮座していた。(「ごはんですよ」に続く)
それから、梅干の時代がくる。
それは世に「かつお梅」なる、ちょっと甘めの鰹節がいっぱい塗してある梅干が出てからだと思う。
我が家は、リーゾナブルな樽で購入。


愚かな娘は、ストックがあるのをいいことに、おやつの代わりに樽を抱えて食べていた。
口いっぱいに広がる甘酸っぱさに加え、かつお梅は食べた後まで、鰹が歯の間に挟まって、微妙に味が残る気がする。
その味が無くなると、また次のひとつを口に入れ、とうとう10個目の鰹梅を口に入れたあとに、これは少々食べ過ぎかな、と後ろ髪を引かれながらも、その樽に蓋をしたものだった。
そんなものだから、ご飯には梅干と決めている。
(旅館の朝食では残した人の分まで梅干だけはほっとけない!)
未だにおにぎりの具で一番は、梅干だ!
それから、少しハイカラな時代がやってきた。
お茶碗に山形に盛られたほかほかのご飯の真ん中に箸で穴を開け、そこにバターを小匙一杯入れて、お醤油を垂らす、そこに回りのご飯で蓋をして、10秒数えて出来上がり。
自分がちょっと大人になったような、甘くて、豊かな味がした。
贅沢にチーズを入れたこともあった。
でも、やっぱり一番はこの、バターほかほかご飯だ。
もちろん、定番の「卵かけご飯」も大好きだ。
未だに、「卵かけご飯」は、時々食べたくなって、家族で食べる。
最近は、上にかけるお醤油にこだわったりして、少しグレードアップはしているものの、このシンプルで、いつ食べても飽きない「卵かけご飯」は何もないときの強い味方だ。
漬物も、今はほとんどある。
沢庵・白菜・広島菜・蕪の酢漬け・キムチ!
あるときは何種類もの漬物の入った小さな入れ物が食卓を賑わす。
そして今、我が家も確かに飽食の時代になっている。
全国各地からの美味しいご飯の友をいつでも食べることが出来る。
辛子明太子・紫蘇昆布・いかなごの佃煮、そして我が家の定番、ピーマンとイリコの味噌炒め(母のお手製)。
漬物の他に、常にこれくらいのご飯の友が冷蔵庫にある。
今の私の一番は、残った二口三口のご飯にくるりと巻く焼き海苔か