この夏、ひさしぶりに尾崎に会った。

 

 

予想外の映像が目の前に現れる。

久しぶりの尾崎の歌っている姿だ。


1985年夏、19歳の尾崎が3万人の若者を集めた大阪球場での伝説のライブを、リハーサルから彼の姿を追ったものだった。

初めて見る尾崎の素顔を見ることができた。

19歳の彼が、今この瞬間、どこかで歌っているような感覚に襲われる。

 

尾崎は私にとってリアリティのある、センチメンタルな詩、そして、それが危なっかしく乗っかっているメロディが好きで久しぶりに夢中になったアーティストだった。

 

いろいろあって6年ぶりに復活した1991年「BITH TOUR」は、6月と7月の2回見に行くことができた。

6月26日の山口県徳山市のコンサートが、初めて尾崎を見た記念すべき日になった。

そして、これから何度も尾崎に逢いにいけるという始まりのはずだった。

次の7月15日広島メルパルクホールのコンサートが最後の尾崎になるなんて予想は出来なかったんだけど・・・。

 

尾崎は歌うというより、ロックンロールは吠えてるみたいだった。

そして、バラードはしぼりだす。

思いを詩に託し、それがみんなに届くようなメロディにのっける。

ときどきそれは聞いていて痛く、重苦しくさえ感じる。

でも、そう感じてほしかったのだと思う。

 

励ましとか癒しとか、そういう歌が多い中で、痛いのに、その痛さを共有することで、その一体感で、這い上がれる勇気をもらう。

もらうというより、感じて自分の中から沸きあがってくるパワーがその歌の中に宿っている感じがした。

それが私にとっての尾崎の歌だった。

 

そして、久しぶりに尾崎を見ていたら、つくづく彼とちょうど10歳の年の差があるとわかり、(前から知っていたはずなのに、初めて気づいたみたいだった)なんだかとっても身近に感じられた。

16年前のそのコンサートの尾崎と自分の距離がぐっと近くなった。

始まりの曲からそのときの彼の笑い顔から、鮮明にフラッシュバックしてくる。

3時間以上の長いコンサートだったけど、長さを感じない、もちろんずっとスタンディングで歌ったり、叫んだり、そして聞き入っていた。

 

人は瞬間で、意識はすぐに昔に戻れるものなのだと、つくづく思った。

自分の中でそれが風化しない限り、生き生きとすぐに甦らすことが出来る。

 

それほど好きだったから、夢中だったから・・・。

大切なものをしまってある引き出しを開けると、すぐに現れる。

思い出という言葉では片付けられない、自分にとってはいつも今の尾崎がそこにいる。

 

語りでもあった茂木さんは「15の夜」が大好きで、いつも「15の夜」という箇所を今の自分の年齢に替えて歌うと話していた。

「あの歌は15歳の時の歌だけじゃなくて、永遠に自分の中ではそういう気持ちがある限り、歌える歌なんだ」と熱く語っていた。

尾崎の歌はそういう歌が多い。

彼にとってのリアルは、その時だけじゃなく、そういう気持ちを持ち続けている間はずっとずっとそれがリアルと感じられる。

どんな歌でもそうなのかもしれないけど、彼の場合は特に26歳という若さで逝ってしまっただけに、なおさら残された歌にリアルを感じてしまうのかもしれない。

 

新しいものはたんに新しく作られただけじゃなく、今知る新しさと、前からあったものでもそれを何度も新しいと感じる力が宿っているものには、それは常に新しい。

 

尾崎の歌はそうなんだ。

私にとって、久しぶりに聞くとそう思える歌なんだと思う。