―北アルプス登山記(その1)―

 

よく山登りは人生に例えられるけど、今回ほどそれを実感した山行はなかった。

 

「なんでこんなにしんどい思いをわざわざするんだろう?」

 

苦しい時は何度もそう思う。

そして、これ済んだらもう絶対こんな事しないって思ったりもする。

それなのに、また次のことを考えてしまう。

あんなに苦しかったのに・・・。

 

中房温泉の登山口からまずは燕岳を目指す。

アルプスの中でも急登として知られている「合戦尾根」のコースだ。

ちょっとムシムシした森の中からスタートして、ひたすら登り続ける。

すれ違う人の「おはよう」の声も、励ましから答えることの辛さでうっとうしさを感じてしまうほど息があがる。

ただ、このコースは本当によく出来ていて辛さの限界がくる頃に、ビューポイントやベンチの在る休憩所が用意されている。

ずっとずっと辛いばっかりじゃそれは無理な話で、拷問にしか思えないかもしれない。

今日はたまたま快晴で周りの景色も、高山植物も励まし、いろんな意味で助けてくれた。

苦しさと楽しさが交互にやってくる。

 

途中の休憩所で今まで生きてきた中で一番甘くておいしいスイカを食べる。

これ以上かじれないほど、必死で食べた。

 

登山の不思議なところは、もし雨で何も見えなくても、それはそれで諦めて、目標を達成するという一点に絞って頑張ろうと思えることだ。

その時点で、その他の事は全てオプション、ラッキーな出来事になる。

 

標準タイムを気にしないマイペースで目指す燕岳の頂上に立つ。

 

黒や灰色や白い奇岩とハイマツの緑と白い砂地の風紋、そしてコマクサの群生が作り出す見事な造形美は、まるで雲上の巨大庭園だ。

 

夕暮れには、360度の大パノラマの山々にいろんな形の雲が七色に彩られ、それを飽きもせずに見ていた。

永遠にここにいたいと思えるくらい。

 

夜は、空中輝く満天の星だった。

ベンチに寝転んで今まで見たこともない数の星を、時々流れる星を、一生分の願いが叶いそうな気がしながら見た。

 

次の日は、北アルプスの表銀座と言われる尾根歩きを体験する。

あんなに見たかったコマクサがそこらじゅうに咲いているので、思わず苦笑いをする。

稀少なので、価値がある。

人間って本当に贅沢だ。

五感はすぐに慣れてしまい、本当の感動は初めての時しか味わえない。

それでも、疲れた体にはそれが癒しとなり、清涼剤にもなってくれる。

今年は夏が遅く訪れ、長く続いているせいか夏の花もまだたくさん残っていて、秋の花も同時に楽しむことが出来た。

 

トリカブトやイワギキョウの紫、アキノキリンソウやウサギギクの黄色、トラノオやイワツメクサの白、フウロやナデシコのピンクと、色とりどりの花たちが力強く、ちゃんと自己主張しながら咲いている。

中でも大好きなチングルマは種となり、妖精のような絹毛を風に揺らせていた。

そして、たった一箇所だけ帰り道で幼児の帽子のような白い花の中に大きな黄色の花弁が愛らしく咲いていた。

 

思いのほか苦戦をしたが、8時間の行程を歩き続け苦しさと楽しさを相変らず交互に味わいながら西岳山荘に辿り着く。

 

明日はいよいよ、槍ヶ岳、ずっと憬れていたその山の頂上に立つ。