やんちゃな天使

 

8月の終わりに姪家族が遊びにきた。

彼女は生まれてから3ヵ月後から半年くらい事情があって一緒に暮らしたことがある。

壊れもののような、飽きないおもちゃのような、でも時には重たい荷物を抱えた気がすることもあった。

その彼女が自分の家庭を持ち、愛されるより強く愛する姿勢を露にしている。

何か聞いてもすぐ「わかんないー」と言っていた暗い目していた少女時代のことや、裏切られても信じたいと言った強い目の光を昨日のことのように思い出す。

 

私はそんな彼女をいつも見ていた。

そんな視線を感じていたのか、なにかあると必ず私に言ってきた。

よく泣きながら電話をかけてきた。

今まで何回そういうことがあっただろうかと思い出してみる。

たぶん、数え切れないほど・・・。

 

「心配をすると、心配がやってくるよ」

そう言ってくれた人がいて、なるべく心配しないように心掛けた。

なにがあっても彼女にとっては意味のあることで、自分が乗り越えなければならないし、きっとそれが出来ると信じるようにした。

 

今年になってから子育てや家庭生活のストレスを頻繁に訴えるようになった。

私は親じゃない。

親じゃないから、ある程度冷静な目で見ることが出来るのかもしれない。

だから、彼女は私に言うのかもしれない。

そう思い、自分の思う事は少しずつ伝えるようにした。

同情ではなく励ますことにした。

「がんばれ」ではなく「やれるとこまでしてみて、あとはそのときどきで考えよう」といつも言うことにした。

来る予定が子供の病気やこちらの事情で3回流れた。

寸前には、来られる状態ではなかったが、彼女は元気な笑顔でやってきた。

私は実はそれが奇跡のような気がした。

 

その奇跡は、きっとやんちゃな天使がもたらしたのだと思う。

この天使をおばあちゃんや、私の家族に見せたかったのだと思う。

7月で2歳になったこのやんちゃな天使は、今が一番目が離せない時期だった。

なにが悪いことが知っているから、安全なものを与えても見向きもしない。

困った顔が面白いのか、危険を察知してそれに向かってまっしぐらだ。

そして、本物志向なので決して妥協しない。

この根性が他に発揮できないものか・・・そんな苦笑いも、台所の戸をあけまくった挙句に包丁を取り出した瞬間に、凍りつく。

紙を見つければ切り裂く。

電話が大好きで、目につく電話は奪取する。

その素早さは肉食動物なみだ。

 

振り回され、寝かしつけようとしてもシカトされ、好きなアニメを見せて気をそらそうとしても、こちらの思うつぼにならないのがやんちゃな天使だ。

大抵の事には動じないし、泣いてもほっとく私だけどこのやんちゃな天使には思い切り振り回された。

それでも、見ていて飽きない。

ころころ変わる表情やその予想のつかない行動に遊園地的な快感を味わう。

 

この天使を見る彼女の表情に溢れる愛を感じる。

そして、その二人を見守るまだ少し幼いおとうさん。

 

幸せは瞬間なのかもしれないし、継続的な時間なのかもしれない。

瞬間はすぐに過ぎてしまい、次の瞬間にはもう平手打ちを食わされたような嫌な空気が漂ったりもする。

その繰り返しが、やがて平穏な家庭生活という継続的な幸せを感じられるのだろう。

でも、人は贅沢だ。

いつもいつも幸福感に浸っていたいと思う。

彼女はまだ慣れると鈍感になることにまだ気づかないのか、今まで鈍感になるほど継続的な幸福感を味わったことがなかったのか・・・。

 

そんなことをやんちゃな天使の寝顔を見ながら思った。

彼女は久しぶりに、酔っ払っている。

本当に楽しそうに笑っている。

あのころのやんちゃな笑顔で・・・。

きっと、彼女は大丈夫。

そう確信しながら、いつまでも見守っていこうとあらためて思う。

 

やんちゃな天使がひやひやさせるのは、この時期だけらしい。

この時期だけに味わえるスリルなのだから、思い切り遊んで、笑って、疲れてほしい。