「 郷 愁 の 日 」

 

 

郷愁、ノスタルジア(英語)、ノスタルジー(フランス語)、サウダージ(ポルトガル語)と、どれもよく耳にする言葉だ。

それほど郷愁は、日本人にとって親しみがある好きな言葉だと思う。

本来の意味は、「故郷を離れている人が故郷を懐かしく感じる気持ち」「古いものを懐かしむ気持ち」で、懐かしいという感情は、そのときのいい思い出をイメージさせてくれる。

 

今日まさに私は三原大橋を車で走っていた時に、ふいにその感情が湧いてきた。

三原に来たばかりのある秋の日に同じような空を見ながらこの橋を渡っていたそのときの気持ちが甦ってきたのだ。

あの時は、原付のモンキーというバイクでこの橋を秋の風を肌に感じながら走っていた。

ときどきかもめの群れがこの橋を横断したり、白鷺が優雅に飛んだりするのを見たこともあった。

家から街に向かうときは川の向こう側遥か彼方に山並みが見えて、その下にポツポツとビルがある程度の地方都市の風景で、街から家への帰り道は、山がすぐそこに見え、ところどころ黄色に紅葉していた。

紅葉のことを義父に話すと、「ありゃあ、松枯れよ」と苦笑いされた。

家の前の道は下が田圃でまだ舗装されていないガタゴト道を、スピードを緩めて走るとふいに「パーーン!」という銃声にびっくりしたことがあった。

 

家に戻ってその音のことを伝えると、義父が「ありゃあ、雀脅しじゃ」と笑ってすぐに疑問に答えてくれた。

 

その正体がわかった後でも、しばらくは秋の澄んだ空に鳴り響くその音は私には脅威だった。

いつの間にかバイクで何かから逃避している主人公になった気になって、その音が鳴るのをわくわくしながら走るようになった頃、私自身もこの地に慣れて友だちもできた。

季節が変わって、私を脅かした田圃にレンゲが咲き出し、真っ赤な曼珠沙華がいっぱいに咲いていた土手は土筆採りの人で賑わったりしていた。

ガマの穂を初めて見たのもこの道だった。

天気のいい日に橋を渡るたびに、たぶん私は「いい所だなぁ・・・」と無邪気にこの風景を喜んでいた。

 

私にとって、小さい頃から欲しかった故郷のイメージがまさにそのときのこの地の風景だったんだと思う。

そして、年代のギャップの中で葛藤や摸索をしながら支えあって暮らしていたあの頃の生活の中に、自分だけの故郷の思い出をひとつひとつ増やしていったような気がする。

 

道はすっかりよくなり、田圃もなくなり、住宅が立ち並び、公園が出来て、義母はそこでグランドゴルフを楽しんでいる。

私を驚かし、楽しませたあの音を聞くこともなく、ただ、ときどきあの時と同じような真っ青な秋の空を見る。

松枯れや雀脅し以外にも、たくさんのこの地にまつわる話や方言を教えてくれて、ハゼ釣りを並んでしていた義父も亡くなって長い年月が経つ。

 

 

郷愁という字は、「秋に郷を思う」だ。

秋はそういう季節だ。

義父の命日も近い。