名もなきパワースポット

 

岡山の友人の誘いで、15日に岡山の神社巡りに参加した。

最上稲荷とか吉備津神社とかいう有名な神社ではなく、小さな神社ばかりだった。

それには理由がある。

磐座(いわくら)という、「普段は遠い場所にいる信仰対象を、祭りの時など人々が信仰対象と交信したい時に、一時的に信仰対象を迎え、降臨させるために設ける岩石」を巡る一日だったからだ。

 

磐座は神社のルーツだ。

日本は八百万の神を信仰する国で、その神の降りてくる場所が磐座、その磐座をさらに解りやすいように形にしたのが建物としての神社になる。

しかし、一方では神社となったことで、人の管理下に置かれることになる。

残念なことに、それによって純粋な信仰以外の商売的なものが発生してしまうことになるのだ。

そして、肝心な磐座は忘れられてしまい、いったい私たちは何を拝んでいるのだろう・・・? ということになる。

というより、何を拝んでいるかどうかも定かではない。

 

耳岩神社、布施神社、亀岩神社、そのほか磐座だけがひっそりと残っている墓地や、里山の頂上にひっそりと残っている磐座。

そういう場所を巡って、実際に触れてみて、岩そのものにパワーがあることを感じることができた。

この日まで、恥ずかしながら「磐座」という言葉さえ知らなかった私が、その存在を知り、触れるだけでそのパワーを感じることができたのだ。

最初に訪れた耳岩神社にあった磐座には「ダビデの星」とも言われる「篭目紋」(かごめもん)が掘ってあり、神教とユダヤ教とのかかわりがうかがわれた。

今まで、どんな神社にお参りしても実感しなかった不思議な感覚・・・。

逆に、磐座をなおざりにしているような墓地ではパワーを貰うどころか、体が(特に肩から肩甲骨)重くなってしまった。

これもまた今までにない不思議体験だった。

 

私たちの先祖は、生活に密着していた自然崇拝をしてきた。

自然が与えてくれた生きるための糧を感謝しながら日々の暮らしを営んできた。

文明の進歩とともに、信仰が商売的に利用されるようになり、ある意味純粋でなくなってしまったときに、磐座は忘れられた存在になってしまった。

「神社に参る時は、その裏が大事なんですよ」

案内をしてくださった先生はそうおっしゃった。

磐座は断崖絶壁のすれすれの場所に鎮座していて、その下からも必ずその磐座を参拝できるような場所がある。

今のように山道も整備されていなかったので、容易に拝むことのできなかった生活の知恵なのだろう。

それを「遥拝所」と言い、山岳信仰では山は神聖な場所で女人禁制と言われていたので、明治の初めごろまでは富士山も2合目までしか女性は登ることができずに、2合目からご来光が拝める1キロほど東南に「富士山遥拝所女人天上」があり、碑が建っている。

 

こうして、一日の体験からたくさんの興味ある知識を得ることができた。

ここ三原の地にもそういう場所があるに違いない。

まだ知らないことがたくさんあるということは、それだけ知る楽しみもあるということなのだろうから、楽しみに少しずつ発掘してみたい。