三原に吹く風

 

マリー・アントワネット

 

14歳にしてフランス王太子ルイ16世の元へ嫁ぐことになったオーストラリア皇女マリーの物語「マリー・アントワネット」を観る。

 

今までの歴史劇とは違うポップで豪華な甘く切ない、微笑みと溜め息の世界がそこにあった。

脚本・監督はフランシス・コッポラの娘、ソフィア・コッポラで、彼女の監督作品3本目にあたる。

彼女もきっと、マリー・アントワネット側の人間なのだと思う。

だから、「教科書に出てくるアントワネットをとるつもりはなかった」と語っている通り、その描き方は、アントワネットの中に自分自身の好みをふんだんに取り入れている感じがした。

好きなものを好きに描くという楽しさが観る側にとっても伝わってきた。

私のアントワネットのイメージは、やっぱり「ベルサイユの薔薇」での印象が強く、浪費家で傲慢な、激しい恋に落ちながらも、時代に翻弄された悲劇の王女だった。

でも、ソフィアが描いたアントワネットは今までのそういう印象をまったく変えた。

色とりどりの洋服やお菓子に囲まれて取り巻きたちと享楽にふけっていた時でさえ、その時の楽しさが伝わってきてして、マカロン色の世界に飛び込んでしまいたい衝動に駆られた。

一番好きだったのは、子供と過ごすプライベート農場での彼女の美しさだった。

手を繋いで花畑を歩いている彼女の表情は、楽しいという言葉では言い尽くせない、子供への愛情、夫への愛情、そして自分自身への愛情さえも感じさせるものだった。

自愛に満ちたその顔は、たぶん彼女の生涯の中で一番平穏で幸福なあの時期だけの顔だったのかもしれない。

あれをもし一般大衆が見たなら、彼女は死刑になっただろうか・・・ふとそんな気がした。

「パンがないなら、お菓子をお食べ」とは本当に言ったのかどうかはさだかではないが、それさえもあの映画の中ではシャレた台詞のひとつとして流せる。

決して自分ではありえない夢のような暮らし。

楽しい夢ばかりではないけど、経験し得ない日常を見ることに楽しさを感じられる自分に余裕を感じる。

 

この映画に批評はいらないのかもしれない。

とにかく、感じること。

綺麗なものを見て綺麗と。

いたずらな表情を見てかわいいと。

光をみて眩しいと。

 

彼女は時代を超えて、いろんな側面から全世界の人々に見つめられ続けている。