額に汗して・・・

母はよく内職をしていた。
一番古い記憶だと、昔商店街でよく見かけた安っぽいピンクの花の造花をガサガサと音を立てながら作っていた。
足踏みミシンで折りたたみ傘の袋や、ネクタイまで縫っていた記憶もある。
素浪人みたいに残りご飯の糊で、茶封筒を作っていたこともある。
小学校の高学年になってからは、パートタイムに出るようになり、いつの間にか家から内職が消えた。

私の姑は自称「内職女」だ。
舅が外に働きに出すのが嫌だったらしく、姑は主に好きな縫い物で内職をしていたらしい。
婦人服のお直しが一番長く、85歳になる今でも時々近所の人に頼まれて簡単なお直しをしている。
同居してからも、いい話があると根が働き者なので、アイロン掛けや機械のカバーを縫う内職をしていた。
「家事より好き」な内職なのだそうだ。

私はと言えば、家でする仕事が内職という定義ならば、ここ三原の地に住んでからは、アルバイトや正社員も経験したが、内職歴が一番長いだろうと思う。
ほとんどの内職は単価があり、出来高によって報酬が得られる。
やればやるだけお金がもらえるというより、やったものが形にならないと一銭のお金も入らない。
実はここ2年ほど、毎月初めに頼まれ内職をしている。
簡単に言えばチラシ折なのだが、「たかがチラシ、されどチラシ」で、なかなか奥が深い。
最初の頃は、慣れないせいもあって、時間もかかり、力のいれどころが悪いのか、肩はパンパンに貼り、肩こりからかよく歯痛にもなった。
だんだんと、いかに楽をして早く丁寧に仕事ができるようになるかを研究するようになった。
基になる新聞のようなものに挟むチラシがあり、その厚さによって重ねて折れる枚数が変わってくる。
「今回は5枚いけるな」
「これは厚いから1枚ずつしか折れないな」
「3枚の時はバラも作って、10枚数えるのを間違えないように」
などと、私なりに創意工夫して今のスタイルが完成した。
納品まで1週間くらい日にちはあるので、自分なりにスケジュールをたててする。
友だちが来てくれたり、家族でやったり、一人孤独にすることもある。
人数がいればいるほど内職は楽しい。
友だちとする時は、手も口も動かしっぱなしで、時間が過ぎるのも早い。
音楽をずっと聴きながらすることもある。
新しいアルバムを買ったときくらいしか集中して聴くこともないので、新たな発見があったりする。
「一石二鳥だな」と思えることが多く、なんだか得した気分になる。

ただ、正直なところあんまりしたいわけではない。
やっぱり体はしんどいし、この内職があるがために月初めはほかに予定が入れられない。
でもどうせするのだったら、嫌々するのではなく楽しくしたいと思う。
この内職は、額に汗して労働をしているという実感を私に与えてくれている。
労働は決して楽なものじゃない。
そこにはややこしい人間関係もなく、ただ体を使って働いているという実感があるだけだ。
お金のための内職ではないから、たぶんこんなに呑気なことを言っていられるのかもしれないけど、だからこそ、内職をしているということに働くことの原点を見るような気がする。