草履作って我が身を知る

高校の修学旅行の自分へのお土産は、倉敷の民芸店で買った花札の坊主のデザインの布袋と草鞋(わらじ)だった。
布袋はさっそく教科書やノートを入れて鞄代わりに学校に持って行くことに。
当時はブックバンドなるものが流行っていて、私服通学でもあったし、アメリカンスクールを気取ってコテコテの日本の女学生がジーンズをはいてディズニーキャラのランチボックスにお弁当を入れて通っていた。
丈夫で軽くて使いやすいその布袋は、その後学年でちょっとしたブームになった。
そして、草鞋の出番はと言うと、受験を控えた高校のの夏休み、フリーのフォークソング野外コンサートにはいて行くことにした。
しかも電車を乗り継いで・・・。
その時の自分の気持ちを残念ながらはっきりとは覚えていない。
決して目立ちたがり屋ではなかったけど、恥ずかしがり屋でもなかった。
ただ、豊島園の緑の芝生とかぐや姫の歌と妙に私の草鞋が似合っていたような朧げな記憶だけが残っている。
コンサート終了後に、遊園地で少し遊んで帰ったが、その時さすがに足の裏が擦れて痛かった。
今だったら「痛いのはあなたのキャラ」と言われそう。

そんな変わり者の私が年月を経て、三原広報に載っていた大和町大草公民館主催による布草履の講習会に友だちの誘いで参加することになった。
事前に届いた葉書に書いてあった道具と布を持って、暑い7月某日大草公民館に到着。
年齢もまちまちの15,6人と共に、先生の言う通りに、鼻緒や前立てを縫いつけ、両手両足をフル稼働しながら草履作りに取り掛かった。
鼻緒の部分には懐かしい子供の頃の布団生地を使うことに、用意した何種類かの布は編んでいくと繋ぎ目が難しいので、結局同じ布で作ることにした。
それでも、民芸風の履きやすい傑作が頭の中にイメージされる。
和やかな雰囲気の中、布草履作りが進められる。
なんにしても当てはまることだが、見ると実際に作るのとでは大違いで、先生と同じことをしているつもりが、力の入れすぎで草履はどんどん小さくなってしまう。
ただでさえ大きい足なのに、これでは健康サンダルだ。
途中まで編んでは、またほどいてやり直し、足が攣りそうになりながら、結局3時間半という時間を使って片方の草履がやっと完成した。

「いい柄だね」「涼しそう!」「手触りがええねぇ」
と、それぞれの健闘を讃えあい、最初でたぶん最後の講習会が終了した。
片方では役に立たないので、3日後に友だちと二人、家で復習しながらもう片方を作ることにした。
これがまた、覚えていたつもりで、最初の足の指に編みこむ為の紐をかけるところから苦戦することになる。
一人だったらとっくにお手上げだったろう。
二人で試行錯誤しながら、何とかもう片方の草履を完成させる。
そして、一対に並べてみて大笑い。
大きさが全然違う。
まるで、サイズ見本のように見事に大小に分かれている。
自分の不器用さ、適当さを改めて思い知らされた瞬間だ。

帰宅した夫にそれを見せると、腹を抱えて大笑いされた。
「こりゃあ、ヘタなお笑いを見るより面白いど!」
延べ7時間もかけて完成した布草履が、瞬間芸のようなものだったとは・・・。
それでも、まぁ大笑いを取れたからいいか、などと思ってしまった。
友だちがもう一度誘ってくれたら、ひそかにリベンジをしようと思っているのだけど、彼女は、「買ったほうがええかね?」と謎の笑いを残して帰って行った。