不思議な場所、不思議な人


5年前に知り合いの結婚式で着た夏物のスーツを恐る恐る出してみた。
「あー、良かった! 虫に喰われてない!!」
いざという時に、着られる服がないのは、普段からルーズに暮らしている証拠なのだろう。
7月29日火曜日、その久しぶりのいざという日。
なにしろ、60年ぶりに「平成の大遷宮」を迎える出雲大社に公式参拝するのだ。

普段は立ち入り禁止になっている本殿の改修工事が数年かかるため、ご神体(大国主大神)を遷し、その間、国宝である本殿を一般公開することになった。
なにしろ60年に一度のことなので、「生涯で一度の体験になるに違いない」と、限定ものの好きな日本人が乗らないわけがなく、4月21日から3日間、ゴールデンウィーク期間、5月の大祭礼期間(13〜18日)は観光バスが押し寄せて、2〜4時間待ちのあげく、時間切れで、見ることができずに帰ったという話も聞いている。
それが7月になって全国の神社庁経由での公式参拝ツアーが敢行されているらしく、岡山の友人より誘いがかかった。
諦めていた本殿だったので、暑かろうが、朝早かろうが、うきうき気分で集合場所に5年ぶりのスーツを着て到着する。
今年の夏は異常に暑い。
慌てて開けた梅雨のあとは、連日真夏日で、全国的に猛暑の日々。
大山、蒜山付近では雨が降り、「さすが山陰、弁当忘れても傘を忘れるな、って言うからね」という声があちこちで聞こえる。
この日は岡山県神社庁のためだけとはいえ、バス50台以上の人数が参拝することになっていて、それぞれ待ち時間がないように時間をずらしていた。
やはりツアーなので、行きにはまず、土産物センターによりそこでお菓子や漬物のつまみ食いをして時間を潰す。
それから蕎麦づくしの美味しい昼食を済ませ、まずは出雲大社の隣にある歴史博物館に到着する。
実は、神社庁のバスツアーの中でも、岡山の歴史を研究されている先生を中心に集まっているバスだったので、何度もこの博物館は見学していて、この約1時間を利用し、普段はなかなか行かない場所を先生が案内してくれることになっていた。
みんな、暑い中先生の後を必死に話を聞きながらついて行く。
出雲大社の真後ろにある三つの山(亀山・八雲山・鶴山)の下にある神社や磐座を訪ねる。
亀山の厳を落ちる亀の尾の滝やその周辺では、その場所やそこに生えている木から何とも言えない高い波動を感じることができた。

先生は「神社は人間が建てたもの、その周辺こそが本当にご神体が降りてこられる神聖な場所なんです」と、事あるごとに熱く語られていたが、こうして実際そういう気持ちでこの場所を訪ねると、体感できる。
ムクの巨木、勾玉の出土地を見て、真名井の清水では、長寿の水を飲み、持っていたペットボトルに入れた。
そして、いよいよ本殿に公式参拝する。
2列に整列して、代表の神主さんが前に出て祝詞をあげ、粛々とした気持ちで拝礼し、本殿へ進む。
周囲は思ったより広く、本殿から見る周りは不思議な空間だった。
日本最古の神社建築様式は、確かに何回か手を加えられそのままの形ではないのだけど、お寺とは違い、神社は人の手が加えられることによってパワーアップするのだそうだ。
神聖な気持ちで丁寧に修復し、守り続けていくという行いが大事ということだ。
天井に描かれた「八雲の絵」も首を伸ばして観る。
この絵に関してはさまざまな謎があるそうだ。
今の絵は260年ほど前に描かれたらいいが、色鮮やかで、普段は人目に触れないことがおしいような気がした。
中央にある大きい雲が心の雲と呼ばれ1か所だけ黒くなっている。
何故黒いのか・・・この絵に関してはあまり感じるものはなかった。

駆け足で本殿参拝を終え、本殿の真後ろにそびえる八雲山をしみじみと見る。
一緒に参拝したお寺の尼僧さんがしきりに八雲山の写真を撮っていた。
この八雲山の磐座にこそ実は、ご神体が降りられるのだそうだ。
撮ったばかりの映像を見せてもらうと、そこには不思議な光景が映っていた。
雲が狐の顔や竜神様の顔に見えたり、見ようによっては高貴な方の顔に見えたり・・・。
そういえば、この暑い中時々涼しい風がすぅーと通る瞬間が何度もあり、そんなとき必ずこの尼僧さんが傍にいらっしゃったような気がして、今、この瞬間、自分がこうしてこの場所にいることへの感謝の気持ちが湧いてきた。
風はそういうものを感じさせてくれるのだろう。
生きているという実感。
生かされている実感。

今までは、決して信心深いほうではなかったが、せっかく信仰や畏怖の対象が八百万の神という国、日本に生まれたのだから、目に見えない不思議なものをもっと大切にして、感謝したいと思う。