戦争映画の意味(三原に吹く風)

 

1945年8月15日に終戦を迎えて、今年で62年になる。

ちょうど60年の区切りの年に「男たちの大和/YAMATO」という映画が制作費役25億円を投じて制作され、日本中でロングランとなった。

それから、映画界にちょっとした戦争映画ブームが訪れる。

回天特別攻撃隊で出撃した若者の姿を描いた「出口のない海」、戦争レクイエムとして戦火に芽生えた運命の恋を描いた「紙屋悦子の青春」、そして、クリント・イーストウッド監督による硫黄島2部作「父親たちの星条旗」「硫黄島からの手紙」と続く。

 

これらは全て決して戦争賛美ではなく、その残酷さを見せて戦争の無意味さを知らしめるのでもない。

戦争そのものについて考える機会を具体的に与えてくれた。

事実を受け止めるだけではなく、その意味について考えるということだ。

たぶん、もっとも愚かな行為についても全てきっと何かの意味があるということなんだと思う。

 

硫黄島2部作は、第2次世界大戦の硫黄島での激戦をアメリカ・日本と双方の側面から同じ時、同じ出来事を描いている。

私は両作品とも映画館で観ることが出来た。

そして、なんとも言えない気持ちになった。

感動とも、憐憫とも、悲しみともいえない気持ち・・・。

 

「硫黄島からの手紙」はアメリカ映画ながら全編日本の俳優によって日本語で演じられた。

主役の陸軍中将栗林忠道(渡辺謙)は、最近ハリウッド俳優化してしまったのか、その滑舌のよさがかえって気になった。

もうひとりの主役である西郷昇陸軍一等兵 (二宮和也)は、当時ではあり得ない口ポカンが目立って、先に観たともだちはこの表情が最後まで気になって仕方なかったそうだ。

たぶん、当時の日本人の美意識はまったく知らないだろうイーストウッド監督ならではの斬新な演出と言えないこともない。

最初イーストウッド監督はこのプロジェクトを企画する段階で、日本側から描かれる「硫黄島からの手紙」を撮れるのは、黒沢明監督(故人)しかいない、と思ったそうだ。

いかんせん、彼はもうこの世にいない。

それで、「父親たちの星条旗」を撮っている途中で、自らがメガホンを撮ることを決意したらしい。

果されない夢ではあるが、黒沢監督の撮る「硫黄島からの手紙」も観てみたかった。

でも日本人監督ではなく、外国人監督が日本側からみた戦争を描くということがとても意味があるようにも思う。

 

「男たちの大和/YAMATO」ではいろんな場面でのいろんな台詞を通して、この映画を通して言いたいことが語られた。

観る側の私たちが何を思うのかがわかりやすい作品だったと思う。

しかし、硫黄島2部作では、そういう台詞はあまりない。

バロン西・西竹一陸軍中佐(伊原剛志)が捕虜として治療したもののなくなってしまったアメリカ兵の母からの手紙を読むところくらいかもしれない。

しかし、その悲惨さ、悔しさ、空しさが伝わるシーンは本当に多かった。

戦闘シーンが多かったせいもあったかもしれない。

「父親たちの星条旗」ではトーチカに向かってカメラが回され、「硫黄島からの手紙」では、トーチかの中からの目線で戦争の残酷さが映し出された。

どちらも何かに必死だった。

生きるためなのか、義務なのか、守るためなのか、その全てかもしれないし、そのいずれでもなかったのかもしれない。

それは、本当に戦争に関わったひとりひとりにその理由があり、答えなんかないのかもしれない。

それでも、戦争映画は観る側にいろいろな思いを運ぶ。

一緒に観た母たちは、もっと具体的にこの映画を観たと思う。

戦地から無事に帰った夫だったり、帰らなかった兄だったり、悲しい最後を遂げた父への複雑な思いがあったと思う。

 

今こうして、平和に生きているということ。

自由でいられるということ。

そういう立場で、こういう映画を観れるということ。

これから先もずっと忘れてはいけない、もう絶対に体験してはいけない、それでも重要なとっても意味のある戦争というものを映画を通して観つづけていきたいと思う。