高野山詣で(その三)

もともとこの旅行計画は、「熊野古道」を歩きたいっ! から始まった。
好きな山歩きと最近夢中な(?)神社仏閣巡りが楽しめる、グリコのキャラメルみたいな場所なのだ。
高野山から熊野古道への移動は、スリル満点の道のりだった。
なにしろ、酷道として有名な国道425号線を通ってしまったのだから・・・・。
龍神から十津川間は狭い山道の上、ガードレールがない。
ときどきある「転落死亡事故」という看板が恐怖心を煽る。
対向車線からも迷い込んできたであろう2,3台のドライバーの顔もかなり強張っていた。
緊張の約3時間のドライブもやがて終り、熊野本宮大社に近い今日の宿がある湯の峰温泉に無事辿り着いた。
「小栗判官伝説」で有名な湯の峰温泉は日本最古の温泉のひとつと言われている。
川沿いにある「つぼ湯」という日本最古の共同浴場があり、二人入るのがやっとくらいの露天風呂が一人750円にもかかわらず、結構並んだりするらしい。
まずは宿のお風呂に入ることにして、次の朝一番風呂に入ろうとこの日は見送る。
それが結果的に良かったのか悪かったのか・・・。
次の朝はどしゃぶりの雨で、切符を売っている管理のおじさんがモニターを見せて、「めったにないけど、もうすぐ川の水がつぼ湯に勢いよく流れそうだから今は入れないな」と断られた。
モニターを覗くと、なるほど川の水が勢いよくつぼ湯に流れ込んでいる。
というか、モニター見ているこのおじさんにもしかしてまる見え? 
それは、ちょっとまずくないか?
どうってことないかもしれないけど、かなり危なかった、と思ったりもする。
断られた時はがっかりしたが、よく良く考えてみたらそういうことで、結果的にはよかったと納得できた。
つぼ湯は逃したものの、湯の峰温泉の湯はよかった。
ほんのりと硫黄の香り。
湯はかなり軟らかく、体に優しく浸みる。
源泉かけ流しの豊富な湯量で、狭い川の両側を古くて小さな旅館が並ぶ風情も秘湯という雰囲気を醸し出していた。
宿の朝風呂ですっきりして朝ごはんも美味しく食べ、熊野本宮大社の近くの土産物店に車を置かせてもらって8時15分のバスに「発心門」まで運んでもらう。
コースは見どころの多い初心者コースを選択した。
途中バスの車窓から10人くらいのグループが楽しそうに歩いているのが見える。
熊野古道はもともと熊野三山へ向かう参詣道で、京都大阪方面からの「紀伊路」、田辺市から山道を進む「中辺路」、伊勢からの「伊勢路」、高野山からの「小辺路」など、いろいろなルートがある。
その距離も半端ではなく長い。
「発心門王子〜熊野本宮大社」の6.9キロはそのごくごく一部ということになる。
目印になる王子(発心門・水呑・伏拝・祓戸)目指して、山道と田園風景の広がる集落を交互に歩く。
王子とは、紀伊路・中辺路で熊野権現の御子神を祭った神社跡のことで、100社以上ある。
小雨の中、まずは王子の中でも位の高い五体王子のひとつ発心門王子で神妙に手を合わせ旅の無事を祈る。
バスで通った道から少し山の中に入ると休憩小屋があった。
今日は無人で、お盆明けの平日、しかも雨降りの日なので人気コースとは言え、さすがに歩く人は少ないようだ。
8月なのに、雨が降っているせいか結構涼しく、古道には雨がよく似合う。
季節感があまり感じられないのは、天気のせいだけではなく、紫陽花・向日葵・萩・秋桜と、初夏から初秋にかけての花が元気に咲いているせいかもしれない。
新しいかかしや手作りの看板は、かえって古道らしさを損なう気もするが、これも世界遺産という看板に、何か協力したいという地元の人たちの誠意なのだろう。
水呑王子には廃校になった学校があり、ここからは石畳の上り坂道、そして山の下り坂と伏拝王子まではもっとも熊野古道らしいコースだった。


山に入ると雨が降り、集落に出ると晴れるという不思議な空模様
水を飲んだり、本宮が見えるところで拝んだり、最も近い場所で身を清めたりとそれぞれの王子に熊野本宮大社に繋がる意味があり、それは歩くことによって時代を、季節を、今の自分を実感できる。
八咫烏(やたがらす)の幟が見えるとそこが終点の熊野本宮大社になる。
小雨の中の檜皮葺きの屋根を持つ社殿は、全体が茶で上品な落ち着いた雰囲気で、カシミアのコートのよう。
本殿の前に置かれた大黒石と亀石に手をかざすと(最近では石や岩や巨木を見ると手をかざす習慣が身についている)左側の大黒石の熱さが半端ではなかった。
熊野速玉大社は、偶然にも土産物屋さんで聞いた美味しい和歌山ラーメン店の近くで、雨上がりの涼やかな風の中、参道にあった幹回り6メートルもあるナギの老木が印象的な神社だった。
実は、この後の熊野那智神社の印象が強すぎて、真ん中になった速玉神社の印象が薄くなってしまったというのが本当のところ。
那智の滝に着いた頃には再び雨が降り出したが、高さ133メートル、幅13メートルのこの圧倒的な滝の迫力にしばし呆然とした。
熊野那智大社の別宮となっている飛滝神社のご神体がこの滝だ。
雨のためにその迫力はたぶん普段より増していたに違いない。
猫の目のように変わる天気が今日は嬉しい。
自然崇拝として、この滝をご神体とした昔の人の気持ちがよくわかる気がした。
実際、この滝壺の近くでその水しぶきを浴びながら上を眺めていると、自然界の力強さへの畏敬を全身で感じることができる。
あの滝に打たれてみたいような誘惑さえ(実際したら即死でしょうけど)襲ってくる。
左手に危なっかしく傘を持って何度もいろんなアングルから滝をカメラで撮り続ける。
この瞬間の感動をどうにか記録したいという思いが伝わる。
滝から熊野那智大社までは階段がある山道を歩くが、途中で迷ってしまい結局目の前にしてUターン(結果的には裏目に)2倍の道のりを歩くことになった。
やっと赤い大鳥居に辿り着く。
汗と雨で全身ずぶ濡れになった。
それでも、この清々しさはやっぱり熊野三山をお参りできたという充実感だろうか。
神仏習合が配された時も、破却を逃れた青岸渡寺がすぐ隣にあり、ここは西国三十三観音霊場の一番札所になる。
ここのご本尊である如意輪観音が素晴らしい。
この旅の最後にこの観音様が待っていてくれたような気がしてならない。
滝と如意輪観音様、どちらも再び訪れたいと思えるような印をしっかりと心に刻んだ。
この旅の最後の贈り物が、変化に飛んだ海岸沿いの夕暮れの風景だった。
南紀白浜からは高速道路を走り継いでちょうど5時間で家に到着。
どの場面を切り取っても充実した時間、思い出深い場所だった。
そしてこの旅で、二人がこの先平穏な日々を送れるような予感がしたことが、一番の収穫だったかもしれない。