今もなお、青春。

母の自慢の一つに、「昭和7年に生まれた」というものがある。
かの五木寛之が、その年に生まれているからだそうだ。
ついでに言うと、石原慎太郎もそうだし、岸恵子だってそうなのに・・・。
特別に母が五木寛之の著書を読んでいた記憶はないのだが、昭和7年生まれを「五木寛之と同じ年生まれ」と形容していた。
実は、私のほうが五木寛之の小説は好きでよく読んでいた。
高校時代は私にとって第二次読書ブームで、中学がキリスト教の学校で、キリスト教関連の本しか読む事が出来なかった反動で、貪るように片っぱしから本を読んでいた。
その中で、お気に入りの作家のひとりが五木寛之だった。
始まりは「青春の門・筑豊編」。
最初から夢中になって読み、徹夜で上下巻を読了して、どうしても続きが読みたくなって、次の日学校へ行かず本屋さんに行き、「青春の門・自立編」を買ってそのまま家に帰って読み続けた記憶がある。
とにかくあの本はその頃の私に、ものすごい衝撃を与えた。
主人公「伊吹信介」が好きだったのではなく、彼が私自身に思えた。
ついには、彼が筑豊から東京に出たように、私も理由もなく「まず家を出よう!」という思考になって、私はすでに東京にいたので、もう先は海外しかなく、「アメリカ留学」へと繋がっていく。
海外留学は、勉強はともかくとして、私にたくさんの経験を与えてくれた。
本来の目的が、はっきりしたものではなかったから、成果という点においては「?」となるのだが、同級生が受験まっしぐらの高校生活を、悶々と過ごすことに罪悪感を持つこともなく、いざ進路を決める時には「留学」と何の迷いもなく当時としては冒険的な決断だったことも、普通じゃないことが好きだった私にとってはもってこいだった。
留学の話はまたの機会にするとして、そういう人生においてのとっても重大な(一般的には)多感な時に、大きな影響を与えてくれたのが、五木寛之の本だった。

偶然ついていたテレビで五木寛之を見て、そういうことを一気に思い出し、とっても懐かしい気持ちになった。
そして、相変わらずダンディで執筆活動も健在であることが嬉しかった。
私が御無沙汰してから、彼は執筆活動を休止して、仏教に傾倒していった。
龍谷大学で仏教史を学び、その後「大河の一滴」から再びベストセラー作家となり、その内容も、スピリチュアルなものが多くなったようだ。
気まぐれに、彼の一番のベストセラーである「風に吹かれて」というエッセイを本箱の奥の方から引っ張り出してみた。
この本を書いたときの彼は、今の私よりも年下だ。
戦中派の彼は引揚者でもあり、育った時代が違うので、時代の共有は出来ないのだが、今あらためて読むと、当時はたぶん理解できなかったことや、気がつかなかったことがあったことに気がつく。
読んでいて、内容ではなくその時の気持ちが懐かしく蘇ってきた。
そして、あらためてこのエッセイが時代を超えて読み継がれている理由がわかるような気がした。
表紙も、中身もいささか黄色くなり、文字は小さく黒字も薄れているこの本が、ちっとも古さを感じない。
五木寛之という、その時40代だった一人の男性の経験したことや思いが、ユーモラスに素直に綴られている。
何の気負いも感じられない。

当時の著書が再刊行されまた書店に並ぶという。
今、またあの頃の五木寛之が必要とされているらしい。
それをそのまま受け入れられる彼には、その頃と今の自分が根っこのところでは変わっていないという自負があるのだろう。
興味や思考は変わっても、人間としての普遍性が褪せていないのだ。

母が自慢の昭和7年生まれであることに、彼もまた誇りを持っている。
母とは意味合いが違うが、きっと母が当時の彼をハンサムで頭のいい、自分の理想の男性像としてそう言っていることが伝わったら、まんざら悪い気持ちはしないだろう・・・と想像し頬が緩む。