34年ぶりに高校の同級生たちと会った。
これを同期会といい、クラス会や同窓会はよく開催される昨今で、珍しい会らしい。
私は、関東から離れていることもあって、第3回目にして初めての出席だった。
東京駅から徒歩10分の八重洲富士屋ホテルの○○の間で、夕方6時半からの開催だ。
約360名の卒業生中120名が出席、連絡先のわからない人は約1割いたそうだ。
まだ継続的に付き合いのある3人とロビーで待ち合わせて、あまり緊張感もなく会場に入る。
実は会いたい人はいたのだけど、あんまり期待するのもがっかりするのも嫌だったので、当日のお楽しみとしてとっておこうと幹事さんにも聞いていなかった。
二人は残念ながら欠席だった。
「来れる人が来るんだよね」
この意味の深い言葉は、同期会の話をした何人かに言われた。
「来たい人」ではなく「来れる人」なんだ。

「老体に鞭打って、冥土の土産に参加しました」と最年長85歳の国語の先生が乾杯の音頭をとり、華やかに開会した。
思ったより女子は変わっていなかった。
旧姓が書いてある名札に括弧で今の苗字が恥ずかしそうに書かれている。
顔と名札を見ては、「ああ、覚えているよ、懐かしいね」という言葉があちらこちらで飛び交っている。
もうすっかりおじさん、おばさんなのに、やっぱり男子・女子という言葉がよく似合う。
白髪の人、ひと回りも二回りも大きくなって貫禄のついた人、痩せているのかやつれているのか、今の状態を訊ねるのも憚れる人、あのころあんなに可愛かったのに、名札を見てびっくりするくらい老けてしまった人、あまりにも変わらない人。
男子の34年は、女子のそれより、過酷だったのだろう。
彼らの人生が、社会との関わりが、その変貌に現われているような気がした。
時間ぎりぎりに会場に入って、座るテーブルがなかった私たちにすぐ譲ってくれた違うクラスの男子たち。
「君たち、すごく大人になったね」と、思わずありがとうの言葉に添えて言ってしまいそうになった。
当時流行った「太陽がくれた季節」が流れる。
やっぱり、この線できたか・・・。
予想はしていたが、あまりにもそのままなので、一つ一つの流れがすでに笑えることばかりだ。
あちこちのテーブルを回って、多くの同期生と話した。
1年、2年、3年とそれぞれ一緒だった人たち、3年間一緒だった人も何人かいる。
その時々にあった、思い出話に花が咲く。
言われると思いだす話もあったが、どうしてもわからず、笑って頷くことしかできないこともあった。
それでも、どの瞬間もただ「懐かしい」という思いがいっぱいだった。
きっと今までで一番「懐かしい」と思った回数が多かった数時間だったに違いない。
日常生活では決して思い出しもしない小さな出来事が次から次へと違う人の言葉で届けられる。
私はまるで不思議の国で、楽しく遊んでいる高校生に戻っていた。
その頃の私しか知らない、今の私と重ね合わせてその頃の私を見ている人たちと一緒に遊んでいる。
たぶん、この気持ちは、本日限定の貴重な気持ちなのだと思う。
34年ぶりという、長い年月があってこその、新鮮な懐かしさなのだと思う。
非日常であればこその、特別な集いだからこその楽しさなのだろう。
限られた時間だからこそ、貴重な時間に思えて、ひたすら話すことに夢中になった。
中には今の自分をアピールする人もいた。
作家だったり、お店のオーナーだったり。
成功している現実と、目立たなかったその人たちのあの頃。
出席できなかった人たちの活躍の話を聞くことができた。
出席できなかった友だちの苦労話はしなかった。
それでも最初から最後まで、緩みっぱなしの顔だった。


そのまま二次会へと流れ、同じようにまた話し、「これを機会にまた会おう」と、何人かに言われた。
名刺交換をする中で、これからこの何人との関係が始まるだろう、と冷静に思う私がいる。
不思議の国は、楽しい。
でも、ずっといると現実でないことに気付き不安になる。
今がいいんだよね、めったにないから楽しいんだよね、そう思い、「楽しんでいらっしゃい」と笑顔で送ってくれた家族の顔がふと懐かしくなった。