カミングアウト


ある日の夕食時、友人の高校生の娘さんが「もしかして知ってると思うけど、アタシはフジョシなの」と、カミングアウトした。
「フジョシ?」
そう、いわゆる「腐女子」のことらしい。
友人もその意味は何となく知っていたし、実際以前になんの衒いもなくネットでその手のDVDの購入を頼まれたりしていたので、青天の霹靂とまではいかなかったものの、「そうなの? フジョシなの?」と何故か微妙な笑いを浮かべた。
その笑いをたぶん認知の証拠とでも思ったのか、その後彼女は自分の「腐女子」っぷりを得々と語り出したらしい。
半ば唖然としながら、でも娘の突然のカミングアウトに興味津々でいろいろと質問をすると、それに丁寧に答える彼女。
その会話に交じることなく、黙々と食べていた彼女の兄がとうとう、
「そういう話は僕のおらんとこでしてや」と言って自分の部屋に去って行ったそうだ。
女性は、カミングアウトに寛容だ。
内容はさておき、自分にカミングアウトしてくれたという行為そのものが嬉しくなる。
理解するかどうかは別物で、秘密の共有の雰囲気に酔ってしまう。
人によっては「よくぞ弱味を見せてくれた」と安心したりする。
あとになって、そのことを胸に秘めておかなければならないという事の重大さに気がついたりする。
しかし、最初のインパクトのほうがはるかに強い。
突然のカミングアウトは相手を寛容にし、親しみを得るために有効な武器なのかもしれない。

「カミングアウト」の本来の意味は、「社会一般に誤解や偏見を受けている(同性愛者・共産主義者等)少数派の主義・立場であることを公表することだそうだ。
しかし、いつの間にかマスコミで気軽に使われるようになり、「人に言えなかったことを告白する」と広い意味で使われるようになった。
「カミングアウト」という言葉が日本で広く認知されるようになったのは、オリンピック女子マラソンのメダリスト有森祐子さんの夫、ガブリエルさん(通称ガブ)の「I was Gay」というあの記者会見だろう。
今思えば、夫がゲイであろうとなかろうと、二人がそれでよければいいのに! 全く余計なお世話だ!
「カミングアウト」は自らの意思でするもので、決してさせられるものではないはずなのに、かわいそうなカブ君だった。
カミングアウト

私は何故かよく、カミングアウトされる。
よっぽど口が堅いと思われているのか、よく友だちや親族から突然受ける。
どうでもいいことからかなりシビアな出来事をサラっと言われる。
聞いた私は何故か、相手の弱みだけを知ることがアンフェアに思えて、自らも何か探してカミングアウトしてしまうことがある。
お互いに「カミングアウト」を終えると、なんだか二人の関係が一段階上がったような気がするのだ。
時々、そのことについてひどく後悔することがある。
本来の意味である「公表」に引っかかりを感じるし、自分の中から出てしまった言葉はもう相手に委ねるしかない、というのが根っこにあって、あのことは本当に言ってもよかったのか? という不安に苛まれる。
最初に言った相手はというと、「誰にも言わないでね」などと言う。
他人の秘密は誰かに話して初めて蜜の味がするもので、自分だけの胸に収めておくことは、やがて苦痛になる。
秘密は絶対に人に話してはいけない。
言われた方もだんだん苦しくなるのだから、本来の意味の「カミングアウト」をしよう。

2008年も、あとわずか。
今年の懺悔に、カミングアウトでもしようか。
「I was fujyosi」
こんな場所でするこっちゃないけどね。