謹賀新年


いつも欠かさず最後まで見る紅白歌合戦の勝敗をなんとなく気にしながら、誘いに来てくれた友人と一緒に夜更けの三原の街に向かう。
今年最後に見る冬の星座がきらきら輝いている。
向かう先は、アゼリアガイド講習で訪れた万年山松寿寺、曹洞宗の禅寺で、三原でも古いお寺のひとつだ。
お寺の近くの病院の駐車場に車を停めさせてもらい、歩きだすとすぐに、たぶん最初の鐘の音が上の方から聴こえてきた。
「ごぉ〜〜ん」
蝋燭の灯りが暖かそうにちらちらしている階段を足早に上がると、狭い境内にたくさんの人がたき火を囲んで談笑している。
中には甘酒を飲みながら鐘を撞く順番を呑気そうに待っている人もいた。
「今年はまだ少ないわ」
と、並びながら常連の友人がほっとしたような顔で微笑む。
そろそろという時に帽子を脱ぎ、背筋を伸ばして前の人の所作をよく観察しながら、頭の中でシュミレーションしてみる。
初詣
生まれて初めて除夜の鐘を撞くのだから、実は気持は少し高揚していた。
階段を上り、僧侶に一礼、手渡してもらった綱を思い切り後ろに引いて、後はその勢いで自然に撞く。
「ごぉーーん」
まずまずの音が響き、「ありがとうございました」と僧侶に手を合わせ一礼、後ろから階段を降りて、くじを引かせてもらう。
8等ではあったが、今年の干支である丑のお守りだ。
鐘は、並んだ人の数だけ鳴らされるのか、108回になったら終了するのかはわからなかったが、途中で「年が明けた!」の声がどこからともなく聞こえて、とりあえず「明けましておめでとう! 今年もよろしく」と誰彼ともなく挨拶をした。
それから、正面に置いてあるお賽銭箱の中に御賽銭を投げ込み、今年一年の無病息災などを祈る。
15分から座禅があると言うので、参加することにした。
高野山で覚えた阿字観のマナーを思い出し、足を組み呼吸を整えて、宇宙の中心に自分が座っているイメージで深い呼吸をする。
半眼になると、きらきらとたくさんの星が見えた。
終了後、記念にと京染の布巾をいただいた。
帰ってから開いてみると、中央に一筆の丸が描かれていて、その上に
「まんまるい 心 あしたの 花 ひらく」
と書かれていた。
思えば、11月頃から原因不明のイライラで、何となく憂鬱な日々を送っていた。
煩悩を除夜の鐘が払拭してくれ、今自分に一番必要なまるい心を座禅が伝えてくれた気がした。

三日に、鎮守社である宇佐八幡宮にお参りした。
神主さんが祝詞を挙げてくださり、お神酒をいただく。
この小さな神社で、こうして新しい一年を無事に迎えられたことのみを感謝する気持ちで手を合わせた。
神社は、そこの土地の人たちの暮らしを静かに見守っているように、ほとんどが階段を上がった上のほうにある。
鎮守の杜。
この神社も、さほど高くはないものの、小さな暮らしが見守れる位置にちゃんとある。
帰りに久しぶりに自分のためにお守りを買った。
今年一年、財布の中に入れておこうとふと思ったのだ。
自分の願い事はいつも特にないということを、改めて思う。
この小さな神社にも見守られている、小さな暮らしがまた来年も続いていれば、こうして感謝の気持ちで、この風景を見ることもできるのだろう。
そんなことをしみじみ思いながら、この小さな幸せを共に作っている人と一緒に階段を一段ずつ降りた。